約 2,288,105 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6029.html
Ⅱ 「最近、涼宮さんとはどうなんですか?」 「どうって、何がどうなんだ」 「とぼけないでくださいよ、仲がよろしいそうじゃないですか。僕としても、とても助かります」 別段、仲良くしてるつもりはない。ハルヒはいつも通りだし、俺もいつも通りだ。しかし古泉曰く、最近は閉鎖空間もほとんど発生しなくなったし、発生したとしても小規模なもので、神人もそんなに強くないという。これは涼宮ハルヒの精神がとても穏やかなことを意味してるんだそうだ。 「特に良かったのは、涼宮さんが悪夢を見なくなったことです。おかげでこちらの睡眠が妨げられるなんてこと、もう無いですよ。全くね」 ハルヒの開催した読書大会週間終了まで今日含めてあと1日。つまり今日終わるわけだが、俺は部室でパソコンをいじりながら昼飯を食っていた。インターネットから哲学書を読んで、どう思ったかを載せている人から、そういった感想文を参考にしようと思ったからだ。 「それは参考ではなく、丸写しです」 黙れ古泉。こちとら切羽詰まってるんだよ。 「というより、なんでお前までここにいるんだ」 「ふふ、一応貴方に近況報告をしておこうと思いましてね。多分感想文を1枚も書いていないでしょうから、きっとここに来るだろうと」 やっぱりお前は嫌な奴だ。そんなんだから俺の中でのお前の株がどんどん下落していくんだよ。どこかの航空会社のようにな。 俺と古泉が話している最中、長門は部室で科学の本を読んでいた。長門はもう昼食が済んだのか、あるいは宇宙人は昼食べなくても平気なのか。でもこんな細い体をしながら、案外大盛りカレーを3人前くらいペロリと食べてしまうかもしれない。まあ、さすがにそれはないか。 「長門、今何冊目だ?」 「72冊目」 なんかもう長門だけ別の大会開いてないかこれ。1日10冊読んでも達しないぞ。 「長門も本を読みすぎて、ハルヒみたいにならないようにな」 「‥‥‥‥」 ハルヒは本の読みすぎで、睡眠不足まで陥った。でもあの部室での快眠以来、家でもちゃんと寝てるようだ。目のクマはもうないし、元気だってバリバリだ。いつも通りのハルヒに戻ったというわけだ。塩をかけられて干からびそうなナメクジのようなハルヒもそう見られるようなものじゃないが、やはりこちらの方がハルヒらしい。 「いつも通りのハルヒ‥‥か」 「ん? どうかなさいましたか?」 「いんや。お前は大人しく弁当を食ってろ」 フフ、とにこやかに弁当を食べている古泉にも、3度の飯より本、といった長門にもまだ言ってないが、ハルヒは少しだけ何か変わった気がする。具体的に何、とは言えないし、その変化も顕微鏡で覗いても分かるか分からないかの微々たる物なんだが、何故だかハルヒは何かが変わったと確信を俺は持っていた。 性格、ではない。ハルヒとのやり取り、でもない。いつも通りのハルヒなんだが、何かが違う。 その答えは結局、有難い哲学の本を読んだ感想文を写している間にも出なかった。ハルヒがあの日素直に感謝を述べたというのがどうもむずかゆいのだ。何故だ。 「コイですかね」 「なんだって?」 「いえ、この魚はコイかな‥‥って」 紛らわしいことを言う奴だ。だからお前はいつまでたっても平均株価30円なんだよ。 パタンと長門が本を閉じ、もうそろそろ昼休み終了の合図5分前だ。書けた感想文は2枚。これはもう駄目かもしれんね。 「ではまた後で」 「‥‥‥‥」 長門も古泉も自分のクラスへと向かい、俺もクラスへと戻ることにした。さてさて読書感想文どうするかな。国木田とかそういう本を読んだ経験とかないだろうか‥‥‥。 健全たる高校生が悟りの境地に入り、ましてや俺の友人の中にそのような人物が紛れこんでいるなんてことはなく、俺は授業中の時間を削って読んでもいない哲学書の感想文を書こうとしたがやはりペンは進まず、あれから全然進んでいない形でハルヒに提出することになった。 「補習よ!!」 団長がいつの間にか図書管理職に変わっており、管理職様は俺にそう言い渡した。ハルヒ、俺が言うのもなんだが、10冊しか読んでいないお前は、あれからさらに1冊読み計73冊を読破した長門に図書管理職の座を引き渡すべきじゃないか? 「みくるちゃん12冊! 古泉君10冊! 有希は73冊! で、あたしが10冊!!分かる、キョン? 皆ノルマの2倍は読んでるのにあんただけ0冊よ!」 ちょっと待て。よく見ろハルヒ。感想文は2枚出してるじゃないか。俺としては上出来な方だぞ。 しかしハルヒは俺の感想文をまじまじと見つめ、 「キョンがこんな知的溢れる文章を書けるわけないでしょ」 と、一言。至極ごもっともだが、それを他人に言われると腹立つのは何故だ。ホワイ? 「大体な、俺に哲学なんてはなから無理なんだよ。せめて物語とかにしてくれ」 小説だって無理だろうが、一応の抗議だ。まあ哲学書よりはページは進むだろう。 「クジ引きで決めたことなんだから、それに従いなさい! キョンは放課後、必ず哲学書を毎日ここで読んでいくこと! 10冊!!」 「10冊!?」 俺の記憶が宇宙人に改造されてなければ、ノルマは5冊のはずだが。 「当然でしょ。皆2桁読んでるんだから。有希なんて、あと3日あれば100冊なんてあっというまよ。だからあんたは10冊読みなさい! 延滞料よ!」 延滞料ってなんの延滞料だ。1週間で5冊読まないと10冊に増える延滞料なんて初耳だ。延滞量の間違いだろ。 しかし抗議したところで、もはや最後の審判を下し終わったかのようなハルヒの耳には届かず、俺は古泉とボードゲームをする時間を毎日削って本を読む羽目となった。 「相手がいないと寂しいものですね」 こんなことを言い、俺が死ぬような思いで哲学書を読んでいる隣で朝比奈さんとオセロをやってる奴の平均株価は、30円から0へと下落していった。 喜べ。もう何倍しても0だぞ。 長門が本を閉じても、補習は終わることはなかった。長門、いつもなら下校時刻30分前に本を閉じるのに、最近はやたら閉じるのが早くなったな。頼むからチャイムが鳴るギリギリまで読んでくれよ。でないと‥‥‥ 「お先に失礼します」 「頑張ってね、キョン君」 「‥‥‥‥」 「ほら、キョン! まだ半分以上あるわよ!」 ハルヒと2人きりになってしまうだろうが‥‥‥。 「なあ、ハルヒ。俺が苦しんで本を読む様はそんなに面白いか?」 「頭良くなるには苦痛が必要なのよ。アホになりたいなら楽すればいいわ。一瞬でそうなるから」 俺はこの時ほど一生アホのままでもいいと思った瞬間はない。 しかしハルヒも暇な奴だ。長門達が帰り、秋だからか日が落ちるのが早くなってきたこの時間帯に、わざわざ電気つけて俺の隣で一緒に本を読んでやがる。団長席はあっちだぞ、ハルヒ。 「うるさいわね。席なんてどこでもいいじゃないの」 そう言って、でも一応か席を立ち、団長と書かれている三角錘を持ってきて、机の上にバンと大きな音を立てて置いた。 「あたしがルールよ」 なんとまあ利己主義なルールだ。よく地球はまともに回転してるな。 「ハルヒ」 「何よ。本読みなさい」 「悩みは解消したか?」 「悩み?」 「ほら、いつだか言ってたろ。1週間前だったか、それぐらいの時に。人の中の人が表にどうやらこうやらってやつだ」 「‥‥‥‥」 ハルヒは考えるように、手で顎をなぞり、うーんと唸った。まあ無理もないか。あの時ハルヒは睡眠不足で頭が働いていなかったようだし、多分自分でも何を言ってるのか分からなかったんだろう。 「‥‥‥あー、あれ。解決したわよ」 「そうかい。そりゃ良かった」 「ねえ、キョン」 「ん?」 「その時、あたし他に何か言ってた?」 「いや。他には特に何も言ってなかったと思うが」 「そう」 もうそろそろチャイムが鳴るかと思って時計を見ると、まだ下校時刻まで40分以上あった。全然時間経ってないじゃないか‥‥‥。 「こら、キョン! よそ見してる暇はないわよ! 」 俺は情けないが、まだ1冊も読破していない。読んだ振りをして済めばいいが、感想文を書かなきゃならん。でたらめを書こうにも、どういうわけだが先にハルヒがこの本を読んでしまっているから、的はずれな内容は書けないのだ。 「あと35分よ! 今日こそ1冊読破だからね」 ハルヒが毎回そう意気込むが、結局今回も読破出来なかったのは言うまでもない。 「しかし、キョン。お前もよくやるなー」 「なんのことだ?」 「何って、最近あの涼宮とラブラブらしいじゃねーか。一体どんな手を使ったんだ?」 「へえ、キョン凄いなあ。たったの半年ちょいで、そこまで関係を進めていたなんて」 そう話をする相手は谷口と国木田だ。3人で机を囲み、弁当を食いあっている時の話題で必ずこういった話が出てくるものだが、まさか俺の番がくるとはな。谷口、一体誰がそんなことを言ってるんだ? 「オレも人づてに聞いただけだから曖昧なとこもあるけどよー、なんでも、涼宮のあの変な部活をやっている最中にキョンと涼宮以外の奴が途中で帰っちまうだとかなんとか。他にも、ここ最近ほぼ毎日一緒に帰ってるんだろ? 2人で。そういうの見てるのって結構多いんだぜ」 しかしあの涼宮とキョンが、プススと気色悪い笑い声を出しながらニヤニヤしてる谷口もあれだが、健全な顔をしながらも興味がかなりありそうな国木田が 「もう付き合ってるの?」 と聞いてくるのも頂けない。でもここ最近2人で帰っていたのは事実だ。だからそんな噂が立つのも無理ないかもしれん。 「なあなあ、どこまでいったんだ? Aか? Bか?お前まさか、スィー‥‥」 「いっとくがな、谷口と国木田。俺はあそこで本を読んでるだけだぞ。しかも哲学書だ。おかけでもう5冊目に突入している」 哲学書と聞いて谷口はさらに笑い出し、どんなシチュエーションだよ、さすが2人とも変わってるだけのことはある、と妙に声を張り上げて周りのクラスメイトから不審者を見るような目付きで谷口が見られていたことは、俺の心の中の1つのストレス解消となっていた。 しかし、そうか。噂になってるとはな。涼宮の変人ぶりは入学1ヶ月でかなり広まり、校長の名前を知らなくても涼宮ハルヒの名を知らぬ者はいないとされるほどだ。そんなハルヒと、訳の分からん部活を行なっている部室内で2人きりでここ最近ずっと居て、挙句の果てに一緒に帰っているのだ。手こそ繋いでないものの、それを目撃した人や聞いた者は 「ああ、なるほど」 と、自分勝手に解釈し、妄想を広げているかもしれない。谷口のように。 「というわけなんだが、誰が噂を広げたか分からないか?」 「不明」 だよな。大体、知った所でどうするわけでもない。 「貴方の思っている不明と私の言ってる不明には解釈に齟齬がある」 「‥‥どういうことだ?」 「噂を広げている人間を確認するのは容易。でも、今回の貴方と涼宮ハルヒの噂は、自然発生し各個人の視覚、聴覚を司る脳の部分にダイレクトに植え付けられたもの。誰かが噂話を流し、全員が信じたわけではない」 「‥‥‥えーと、それは長門。どういうことだ?」 「全員が貴方と涼宮ハルヒが相互良関係に務めていると勝手に解釈をした。直接見たわけでも、聞いたわけでもない」 つまりだ。 普通噂は、誰かが目撃したものを知人、あるいは先輩後輩に話したりするわけだ。その聞いたものがまた同じことを別の人間に繰り返し、その情報が広がっていくというのが本来の在り方だ。しかし長門が言うのを聞いてると、誰も俺とハルヒが一緒に部活をしてたり、下校してたりするのを見ていないのにも関わらず噂が広まったということになる。まるでその噂を最初から知っていたみたいに。 「誰も見てない、言ってないのに噂を皆が知ってるなんてあり得ないじゃないか」 「そう。起こりえない状況。」 「じゃあ‥‥なんでそんなことが‥‥」 俺が長門にそう聞くと、ようやく長門は俺を見上げるような形で視線を向けた。 「最も高い可能性として‥‥」 そう前置きを置いた。そして無機質な瞳とは裏腹に、出てきた言葉は俺を驚愕させるものだった。 「‥‥涼宮ハルヒがそう望んだから」 「さあ、今日もSOS団活動するわよ!キョン、あんたは読書だからね!!」 ハルヒの何かが違う、と強く思っていたが、ここ最近それは気のせいだろうと思ってた。 だが今再び俺はひどくそう痛感している。 「なあ、ハルヒ」 「何よ」 「これでもう5冊目だな」 「そうね」 「もう大健闘したんだ。これ読んだらもう勘弁してくれ」 「却下よ」 ですよねー。 何故ハルヒは、そんな噂が広まることを望んだのだろう。まさかハルヒが俺に好意を抱いてるとは考えにくい。いや、しかし、じゃないと理由が‥‥ 「何1人で赤くなってるの。そんなにヤハウェが良かったの?」 「答えはきっと、イエスですよ涼宮さん」 「キリストだけにかっ! って上手いわね古泉君。さすが副団長だけのことはあるわ」 ハルヒと古泉がしょうもないギャグで笑い合い、朝比奈さんはちらちらとこちらを窺い、長門はおそらく200冊目くらいの本を読んでいると思われる中、俺は苦悩していた。あのハルヒが!あり得ないだろ! しかし実際噂は広まっている。ハルヒが来る前、部室に来て朝比奈さんに会ったら 「あ‥‥良かったですね」 と言われてしまった。朝比奈さん、貴方はここでの事情を知っているじゃないですか。なのに何故そんな言葉を‥‥。 「さあキョン! あと少しで完結ね。そしたらようやく半分か。まだまだ道は長いわね」 なあ、頼むからそう嬉しそうに言わないでくれ。どう反応していいか分からんくなるだろうが。 いや、変に意識してるのは俺の方じゃないか。見ろ、あのハルヒを。いつも通り豪快に、身勝手な行動をしているじゃないか。それにさっきの言い方だって思い出してみろ。別に嬉しそうじゃなかったろ。いつも通り、いつも通りだ。あれがハルヒボイス。モチベーションを一切崩さない団長様の声は、常にあんな感じだっただろ?そうだろ俺? 本は全然進んでないのに、長門がパタンと本を閉じる時間はもうやってきた。今日の長門は遅い方だ。何故なら下校時刻まであと1時間だからな。そう‥‥あと1時間も‥‥。 「では、お先に失礼しま‥‥」 「古泉、3回‥‥いや、1回でいい。久しぶりに五目並べしないか」 「キョン! 何言ってるのよ。まだ本は残ってるの。そういうのは、読み終えてからやりなさい!」 お前はどっかの母ちゃんか。 「貴方から誘いを受けるなんて、珍しいこともあるもんです。ですが、僕は今日用事がありまして、またの機会ということでよろしいですか?」 お前、用事なんてないだろ。用事がある奴はな、用事なんて言わずに、その用事の具体名を言い出すもんなんだよ。パーティー行かなあかんねん、みたいなのをな。 「では失礼します」 「キョン君、涼宮さんと仲良くね?」 「‥‥‥‥」 バタン、と扉が閉まり。 「さあ、今日も気合い入れて読むわよ! いいわね!」 俺はいつもより読むスピードが愕然と落ちながら、愛の神とはなんぞやを本とチャイムがなるまで語りあっていった。 「頼む、長門! こんことを頼めるのはお前しかいない!!」 俺はハルヒと別れた後、長門の家に来ていた。噂話のこともあってか、最近のハルヒは以前と何かが違うということを、俺はプロレスラーが技をくらう時に信じられないくらいでかい声を出すくらいのオーバーさに捲し立てて説明した。その話を聞いていた長門も、俺にお茶を出しはしたものの、俺が話している間は何も反応はしてくれなかった。 話し終わった後、長門はこうポツリと言葉を漏らした。 「貴方は、涼宮ハルヒが貴方について何を考えているのかを知りたいということになる」 「‥‥‥そ、そうなる‥‥のか?」 「出来る」 「本当か長門!?」 「でもしない」 「‥‥ハルヒの精神を脅かしちまうからか?」 「それもある。でも私がそれをしないのは、もっと別にある」 「それは‥‥‥一体」 「私はしない。貴方のためにも、彼女のためにも」 そう最後に言った時の長門の目は、何故だか無機質色ではなかった。ほんの少し口調もちょっと強かったな。気のせいではない。 結局、俺は万能宇宙人の力を借りれぬまますごすごと帰路に立たなければならなかった。まあ、そりゃそうだろう。 家につき、 「キョン君おかえり~」 と言ってくる妹をよそに、俺は考えなければならなかった。いや、考えなければならない義務などない。しかしどうしたことか、俺に限ってそんなことはないだろうと思うのだが、そういった考えとは裏腹に勝手に考えてしまうのだ。いつも大して頭を使わないのに、どうしてこんな時ばかり活発に脳とやらは動くのか。俺はベッドに腰かけ、その後仰向けになる形で天井を見つめた。そして、ようやく、避けられないパターンの考えを考慮にいれなければならない羽目となった。長々と喋ってきたが、つまりだ、そのだな‥‥。 俺がハルヒに更なる好意を抱 「キョン君~、ご飯だよ~」 ……ナイスだ。ナイスだ妹よ。いつもくだらない用事でしか俺にちょっかいをかけないが、今回ばかりは最優秀妨害賞にノミネートするくらいの素晴らしいことをやってくれた。危なかった。俺はなんてことを考えていたんだ。危うく1人で悩み苦しみ、悶絶するところだった。そうだ、飯だ飯。俺にとって大事なことってなんだ? ハルヒのことについて考えることか?己が思考を深く追求することか? 違う。断じて違う。俺の最優先事項は飯を食うことだ。そう、そのために生まれてきた。多分、空腹だからさっきのような訳の分からない考えをしそうになったんだろう。危ない危ない。いや、というよりさっきの思考ってなんだ。別に特別なこと考えてないし。谷口の話す自分のモテ度や、他人の話す夢の話やペットの自慢と並んでどーでもいいことを考えていたんだ。そうだろ、俺?今はともかく飯だ。飯を食べよう。今日のご飯は何かな~っと。‥‥‥ 「‥‥どうしたんだ、キョン。なんか目の下にクマがついてるぜ?」 「いや、放っておいとくれ谷口。いやいやいや、やっぱり放っておくな谷口」 「何言ってるんだ、キョン。ボケたか?」 結局夕飯をたらふく胃にぶちこんでも、俺の脳は何かと働き続けていた。ベッドで寝たのは11時のはずだったが、おそらく実際に寝たのは3時間にも満たないんじゃないかと思うくらい、俺は思惑していた。 教室に着き、なるべくハルヒの方を見ないようにして席を着いたのにもかかわらず 「どうしたの、キョン? なんかクマがあるわよ」 と心配そうに声をかけてきた。心配そうに? ハルヒに限ってそれはない。いつも通りの音域でそう聞いてきた。 「まさか哲学書読んでた、なんて言わないでしょうね。あんただとしたら最高にアホ。アホよ。体壊したら、SOS団に参加出来ないじゃない!ま、無理にでも参加させるけど」 本を読みすぎて寝不足の体験をしたお前には言われたくないがな、ハルヒ。 しかし俺は心でそう突っ込んでおきながら、あることに気付いた。 今のこの俺の状況、前のハルヒの状況と似てないか? 実はハルヒの寝不足の原因も、本のせいじゃないのではなかろうか。確か長門が、ハルヒの睡眠不足の原因は‘人格と精神’の熟読と言っていたが、あれはあくまで推察だ。記憶を読もうとしても深くは読めないから、実際のところ本のことなんて関係ないかもしれない。今の俺だからこそ分かることがある。もしかしたらハルヒも何か考え事をしていたのかもしれない。何を?何をだハルヒ? 「多分、恋ですよ」 「なんだと!?」 「あ、いえ‥‥‥貴方の食べているお弁当のその魚、きっとコイですよっていう意味です」 谷口達と食べると、また噂話について聞かれるかと思い、ここでひっそり食べようかと思っていたら、先客が2名いた。1名は無論長門だ。もう1人はこいつだ。 にしても、そういう意味ですってなんだよ古泉。普通そんなこといちいち付け加えないぞ。 「と、言われましても‥‥そういう意味なんですから。貴方が誤解しないように、ね」 「誤解ってなんだ。まさかお前まで例の噂を信じてるわけじゃないだろうな」 フフと誤魔化し笑みを浮かべる古泉は、今回は弁当を持っていない。お前、今度は何しに来たんだ。 「今回は貴方が来るだろうと思ってここに来たわません。長門さんに話を聞いてもらいたかったのです」 「長門に?」 ええ、と頷く古泉に対し、長門はいつものように本を読んでいる。長門とは昨日の一件があってか、少し話しかけ辛いように俺は思えた。長門は無表情だから、そんな風に思ってるかどうかがさっぱり分からんのだが。 「最近、また閉鎖空間が発生していましたね」 「‥‥いつものことだろ」 「いえ、それが妙なんです」 古泉は俺と長門を交互に見てから、ハルヒの席を見た。そして目をしっかりと開き、いつもの微笑みを消してからこう続けた。 「閉鎖空間の規模が、どんどん大きくなってきてるんです」 それは、ハルヒがストレスをまた溜めているということか? 「ええ。でも、今まではこんなことありませんでした。閉鎖空間は涼宮さんの精神が不安定になると発生するものです。つまり、あの神人や空間は、涼宮さんのイライラそのものなんですよ。だとしたら、毎回僕達が必死で神人や空間を食い止め、倒し、元通りにしているのですから、閉鎖空間発生後はそうそうストレスが堪らないわけです。しかし‥‥」 古泉は俺の方をじっと見据えた後 「どういうわけだが、閉鎖空間の規模が回数を増す度に膨れ上がっていくのです」 「なんだ、その目は。まさか俺が原因か?」 待てよ古泉。俺はハルヒに嫌だ嫌だいいながらも、ちゃんとここまで付き合ってきたはずだ。読書の件のことだぞ。おかげでハルヒの機嫌も最近良いし、俺が原因となるようなことはしていない。 「おさらいしてみましょう」 古泉は微笑みを浮かべてから、そう口にした。 「涼宮さんは本が読みたかった」 そうだな。 「医学の本が読みたかった」 そうだな。 「そして読書大会なるものを開き、それを終え、今に至る」 まさしくそうだ。ハルヒが医学の本が読みたいがために、こんな読書キャンペーンまがいなのをする羽目になったんだろ。 「でもそれはおかしくないでしょうか?」 「何がだ」 「医学の本を読みたかったら、自分で勝手に読めばいいということですよ」 「独りで読むのが嫌だったんだろ。だからSOS団を巻き込んで、俺はこんな羽目に」 俺がそう言うと、古泉の俺の顔に人差し指を向けた。ズビシッ、と音が出るような勢いで。 「それですよ」 「何がだ」 「SOS団を巻き込んで、がポイントなんです」 古泉は推理小説で、読んでる最中に犯人が分かった読者のような顔をしていた。いつものうっとうしさが200%増しだぞ古泉。 「僕たち、どうやって本を選びましたか」 「クジだろ」 「涼宮さんは自分の神がかり的な能力に気づいていらっしゃいません。ここが大事なんです。涼宮さんが医学の本に当たる確率は5分の1。涼宮さん自身、人の精神なるものに興味を持ったのに、それが読みたくても読めない確率が8割なんです。いくら涼宮さんがSOS団を巻き込みたかったといっても、あまりに非効率すぎはしませんか?」 「確かにそうだが‥‥じゃあ、ハルヒはなんでこんなことを言い出したんだ?」 「真相が違ったんです」 真相なんて言葉、薬で小さくなった小学生探偵の番組以外で聞いたことないぞ。 「涼宮さんは人間の精神が学びたかったのではないんです。この読書大会は、貴方に本を読ませる環境を作り出すのが目的だったのです」 「なっ‥‥古泉。どういう意味だ」 「簡単ですよ」 長門も興味があるのか、活字から目を離して古泉を見つめている。 「涼宮さんはテレビで医学関係の番組をやっているのを見て、ふと思いついたのです。読書大会を開くことをね」 「関係ないだろ」 「大ありなんですよ。何故なら、その番組を見て、医学というのは何て難しいのだろうと涼宮さんは感じとった。そして、もしこれを本で貴方に読ませたらどうなるだろうと」 読めるわけないだろ、そんなもん。 「その通りです。あ、いえ、その通りというのは失礼でしたね。でも涼宮さんはそう思ったわけです。そして、ある作戦を思いついた」 「もったいぶらずに早く言え」 「了解しました」 「涼宮さんはSOS団を巻き込んだ読書大会を開きました。1週間に5冊という、2日に1冊読んでも間に合わない若干無理な条件でね。読む本は自由ではなく、選択式。医学、科学、哲学、エッセイ、小説。ちなみに聞きますが、貴方はこの中のどれだったら1週間で5冊いけそうです?」 「いや‥‥どれも無理だな」 「涼宮さんもそう目論んだ。そして涼宮さん内心、きっと貴方に哲学か医学か科学に当たることを願ったのです。そして願い通り、貴方は哲学に当たった」 ‥‥‥おい、まさか。 「当然貴方は読めるはずもなく、補習を言い渡されます。僕らが全員2桁以上読んでいるので、貴方も2桁読めと、最も納得いきそうな理由で、貴方は10冊読むことに決定した。仮に僕が5冊でも、貴方は10冊読むはめになっていたでしょう。延滞料で」 「じゃあ‥‥なんだ。それだとまるで、最初からハルヒは俺と2人きりになりたかったみたいじゃないか」 ニヤニヤと笑った古泉は 「その通りです」 と自信満々に言った。まさか‥‥そんなことはないだろ‥‥。 「長門さんが例えチャイムギリギリになって本を閉じることをしていても、貴方は残されていたでしょう。居残りで」 「な、なんでハルヒはそんなことをするんだ‥‥?」 我ながら情けない声色になっていたが、ハルヒがここにいないというのに、心臓は激しくビートを刻んでいた。静まれ、俺のビート! 「さあ‥‥何故でしょうね?」 古泉はトドメと言わんばかりにウインクを俺にした。止めろ、気持ち悪い。 「涼宮さんは貴方と2人きりになることを望んだ。証拠は貴方もご存知の通り、例の噂ですよ。涼宮さん自身が、そういった噂が広がればいいのにと望んだあの噂です」 俺はまだ弁当を半分しか食べていないのに、もう胃はギブを宣言していた。むしろ逆に、胃の中のものが外に出そうといわんばかりに俺は緊張していた。まさかハルヒが‥‥‥。 「待て待て。ハルヒが睡眠不足なのはなんでだ!?」 「それは、貴方に示しがつかないからでしょう。どんなに難しい医学の本でも、ノルマの倍はいっておいた方が、補習の際に説得力増しますし」 「確かあの時、閉鎖空間が発生してなかったな。あれはどうなんだっ!」 「閉鎖空間は精神の不安定からきます。だが、あの時の彼女は不安などなかった。確実に貴方なら読んでこないだろうという自信があったのですよ。眠いのも我慢したのも、全て自分で分かってのことです」 「じゃあ、じゃあだな‥‥‥」 そう口にして、何も出てこなかった俺はようやく痛感した。なんてことだ。まさか、古泉の推察に反論出来ない日が来ようとは。 「問題は、ここからなんですよ」 俺が独り悶絶していた矢先、古泉は声色を変えて長門を見据えた。顔からもいつの間にか、微笑みが消えていた。 「先ほども申しましたように、閉鎖空間はここ毎日発生しています。大きさを重ねてね。我々が四苦八苦して止めているのに、涼宮さんのイライラは増すばかり。今までの話を聞いて、長門さん、どう思いますか?」 「涼宮ハルヒは待っている。彼はそう言いたい」 長門、頼むから俺を見ながら言うのを止めてくれ。大体待つって、何をだ。ハルヒは何を待っているというんだ。 「決まってるじゃないですか」 古泉は真剣な表情を崩して、また笑みを浮かべながら 「告白を、です」 と言った。お前も表情をコロコロ変えて世話忙しい奴だな。 それにしても、長門。昨日はそう意味なのか。俺やハルヒのためにもって、そういう意味なのか? 「世界は、貴方が言うか言わないかにかかってます」 古泉がそう言った際、俺は何て口にすればいいか分からなかった。嫌だ? 分かった? 黙れ? 「嘘じゃありません。このままの規模でいったら、世界が飲み込まれるのもそう時間はありませんよ。あと‥‥そうですね、約1週間です」 ……読書の時もそうだったが、今度の1週間はもっと酷になりそうだ。 「でも、貴方は涼宮さんのことそんなに嫌いではないのでしょう? むしろ最近は、好」 「うるさい!!」 何を切れてんだ、俺。 あれから気まずい雰囲気となり、チャイムが鳴るまで俺は弁当箱を眺めていた。まだ中身はあるが、とても胃に入りそうにない。 ‥‥しかし、ハルヒもハルヒだ。何故こういう時ばかり状況だけを作って、あとは受け身モードなんだ。あの閉鎖空間での出来事もそう。キスの次は告白か。順序が逆で、笑えるぞ。 予鈴が鳴り、古泉達は部室から出て行ったが、俺は出て行かなかった。というより、足が動かない。 もし俺がハルヒに対して何の感情も抱いていなかったから、逆にあっさりと告白をしていたかもしれない。いや、でもやはり最終的にハルヒの心を傷つけるようなことをしたくはないから、古泉達になんとかしろと言っていただろう。 あの閉鎖空間の中での出来事は、ちょっとした強制でもあったのだ。世界が滅亡する瞬間に急に呼び出され、さあ早くしないと皆消えるぞという時だった。でも全く好きじゃなかったら、俺はしていただろうか?やっぱり答えはさっきと一緒で、きっとしていない。 「昔からキョンは変な女が好きだからねぇ」 いつだったかの国木田の言葉が思い出される。国木田、お前は佐々木のことを言っているのか? だとしたらハズレだ。やっぱり俺は、佐々木も好きかどうか分からなかったからな。 一緒に居て楽しい。 ハルヒも佐々木も、そういった部分で重なり合う。 「お待たせー!! 皆揃ってるわね。キョン、あんたなんで5時間目サボったのよ!」 「青春のサボタージュだ。多めに見てくれ」 「何よそれ。変なの。でもSOS団には来てるから、死刑じゃなくて罰金にしといてあげるわ! 今度の活動の時は、あんたが1番に来ても払うのよ。いいわね!」 このハルヒのどこがストレスが爆発しそうなんだ。どこからどう見たって健康良子だろうが。古泉の推理が外れてるという可能性は多いにあるぞ。 だが俺はそれを口に挟まず、黙って哲学書を読むことにした。今更になってだが、この本の言っていることが、それこそ遮光メガネを通して見た太陽のように明瞭に、頭に文字が入りこんでくる。この人達も考えて考えて考えて考えて、考えすぎてこうなったのだろう。今の俺とおんなじだな、預言者さんよ。 俺が食い入るように本を読んでいると、ふと誰かが横に立った気がした。目線を上げれば、そこにはメイド姿の朝比奈さんがいた。 「あ‥‥き、キョン君。お茶をどうぞ」 「すいません朝比奈さん‥‥って、ん?」 お茶の受け皿を見ると、何か紙が折り畳んである。ハルヒの方をそっと窺うと、今はパソコンに夢中らしい。朝比奈さんの様子から見ても、これは早く隠した方がよさそうだ。 「‥‥‥おいしいです。ありがとうございます」 「いえいえ」 お茶は本当に上手い。そして、この手紙をくれたことにはありがとうだ。俺は手紙をブレザーのポケットに閉まった。 紙には場所が指定されていた。俺はハルヒと踏切で別れた後、真っ先にその地へと向かった。夏に朝比奈さんの膝でぐっすりと眠ってたあのベンチだ。 「キョン君、良かった。思ったより早く来れたんですね」 その場所にはすでに未来人が待機していて、制服姿のまま俺を待っていてくれていた。長門の話を聞き、古泉の話を聞き‥‥。 朝比奈さんは、一体俺に何を伝えようとしているのだろうか。電灯の明かり以外何も照らすものがないその元へ、俺は駆け寄った。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅲへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3427.html
高校に入学して2回目の夏。俺達はまた例の機関所有の孤島に合宿に来ていた。その2日目の話だ。 孤島の別荘から伸びる三叉路、俺はそこで途方に暮れていた。向こうから古泉が走って来る。 「駄目です……島の東側では見付ける事が出来ませんでした。」 その顔には普段の余裕の微笑みは無く、焦燥に満ちている。さっき国木田が北側を探したが居なかったらしいし…俺が調べた南側も人影なんてまるでなかった。 「後は新川さんが捜索している西側だけですか……これはいったん別荘に戻って情報を整理した方が良いですね。」 「それしかないな……分かった。」 やれやれ、なんだよこの状況は…また機関絡みか? 午前7時過ぎに目を醒ました朝比奈さんによると、既にハルヒは居なかったらしい。その時は朝比奈さんは、天気も良いし朝の散歩にでも行ってるのだろうと気にしなかったらしい。 しかし朝食時になってもハルヒは戻らなかった。おかしい……不穏な空気が流れ始めたダイニングに、昨日から体調が優れず寝ている森さんを起こしに行った国木田が……血相を変えて帰って来た。 森さんが居ない。 国木田はそう言うと新川さんや多丸兄弟に心当たりがないか聞いていたが、誰も森さんの所在が分からないと言う。 かくして俺達は手分けしてハルヒと森さんを捜索する事になったんだが…この小さな孤島を3時間も捜したが手掛かり1つ掴めなかった。 「新川さん、どうでしたか?」 別荘の入り口では新川さんが俺達を待ってくれていた。 「残念ながら西側にも人影はありませんでした。」 「先ほど彼が南側を捜した時に専用ハーバーにクルーザーが在ったようですから。島には居るはずなんですが…」 「そうですな…森もあのお嬢さんもクルーザーを操舵出来ないはずですからな。」 「しかし、これだけ捜しても居ないとなると……長門さんに協力して貰うしかないですね。」 そうだな……別荘に入った俺達はホールで待っていた長門達と合流しダイニングで作戦会議をする事にした。国木田はやはり森さんが心配らしくまだ別荘の外を探しているらしい。 「長門さん単刀直入にお伺いします。涼宮さんの現在地が分かったりしませんか?」 長門はいつもの様にミクロン単位で首を傾げ、暫くして分からないと答えた。どうやら洒落にならん事態かもしれんな。 しかし…ハルヒだけ居なくなったなら散歩がてら外に出て、森さんもいないだけに森にでも入って未だに迷っている……(すまん、なんでもない)なんて言うギャグ漫画的なオチもありだが……森さんまで居ないっていうのはどういう事だ? また機関お得意の推理ゲームってやつか?確か以前は裕氏が圭一氏を殺して……みたいな流れだったしな。どうせまたそんな感じなんだろ 「それなら、森さんと国木田君にしますよ。あの2人なら痴情のもつれと言う名のサスペンスの王道が使えますからね。」 それもそうだな。もっともあの2人が痴情のもつれを起こす関係までいっているかは知らんないけどな。 「痴情のもつれ…森と国木田君……まさか……」 新川執事が何かに思い至ったように呟いた。 「どうした新川?」 圭一氏が新川さんに先を促す。新川執事は少し思案する様な仕草を見せたが、意外に短かく言った。 「はい。涼宮のお嬢さんは森に連れ去られたのではないかと。」 ………そりゃ安直すぎないか?少なくとも森さんには動機がないじゃないか? 「我々機関の人間は涼宮さんによって無理矢理異業の能力を持たされたてしまった者達です。それだけでは動機になりませんか?」 古泉、お前の言いたい事は分かる。しかしだな、森さんは以前現状維持を望んでいると言ったんだぜ?それを今更ひっくり返すか? 「今だからあるのですよ…そうでしょう新川さん?」 「はい、森は機関の事を国木田君にうち明けるかどうかを酷く悩んでおりましたからな。」 しかし…たったそれだけの理由でハルヒを誘拐してどうにかしちまおうと思わんだろ……俺にはあの実は中身が黒そうな年齢不承な美人メイドさんが、色恋沙汰程度でトチ狂う様には思えないけどな。 しかし、国木田はまだ外を探してて正解だな、さすがに今の話を聞いたら混乱するだろうしな。 「取り敢えず捜索を再開しましょう…まさかの事態は……流石に僕も避けたいですからね。」 まさかの事態なぁ…もしそんな事が起きてもあのハルヒだぜ?いや、でも森さん相手だと厳しいかも知れんって別に俺は心配してるワケじゃないからな!しかし…なんで落ち着かない気分になるんだ? 取り敢えず別荘の周りを徹底的に探す事にした俺と古泉は別荘の倉庫の中を探していた。 「あれは……」 どうした古泉?ってあれは…… 倉庫の床に、いつもハルヒが着けているリボン付きの黄色いカチューシャが落ちていた。 ドクン 心拍数が一気に跳ね上がる……まさか…嘘だろ?! 「おい、古泉……これは…」 「僕もここに入ったのは初めてですから、なんとも言えませんが…この倉庫を重点的に探すしかないでしょう。」 という訳で古泉と2人で倉庫の中を探し出したんだが…俺は気が気じゃ無かった。 最悪の事態ばかりが頭をよぎり、全身から嫌な汗が吹き出し、喉がカラカラになる……クソっ!ハルヒ…無事でいてくれ…等とガラにも無いキャラで倉庫を探していると…何故か古泉の野郎がいつものいけ好かない微笑みでこっちを見てやがる。 「なんだよこんな時に…」 「いえ、先程までとは随分様子が違いますので…どうしたのかと。」 「だってお前、これは洒落にならんだろ?」 俺はハルヒのカチューシャをニヤケ面に突きつける。 「仮に森さんが涼宮さんを誘拐したとしたらこんなヌルい手掛かりは残さないでしょう?」 そりゃあそうかも知れんがな…嫌な予感がするんだよ。そうだな…お前が森さんの立場ならどうする? 「そうですね…追い詰められれば、涼宮さんを亡きものにする。という選択肢に辿り着いしまうかも知れませんね。」 などと洒落にならんた事を言った後、失礼貴方への配慮を忘れていましたと苦笑しながら付け加えて、また倉庫の中を探す作業に戻った。……俺はそんな酷い顔をしていたのだろうか? 因みに倉庫はかなり広かった。長門が住んでるマンションの一室とまでは言わないが、学校とかによくある体育倉庫の比じゃなかったな。まったく、よくもハルヒのカチューシャを見つけられたもんだと古泉に関心してやらん事もない。 しかしハルヒを亡きものに発言は許せんな。 って論点ずれてるな俺…これじゃ俺はまるで俺はアイツを…いや、違う!違うぞ!断じてそれはない!いや、あってたまるか?!そうだ、あいつは確かに見た目は可愛い、美人だと思うな。 しかし、しかしだ…その中身に難が有りすぎる。複雑奇怪で自己中心的で人の話を聞かないんだからな…まぁそれさえも今では心地よい訳であり朝比奈さんのお茶に勝るとも劣らない俺の癒しの……ってあれ?何か思考がずれてないか? オーケー落ち着け俺。ただハルヒが心配だから思考が狂っているだけであってそれ以外の何物でもない!そうだよな、俺は別にあいつに特別気があるだなんて… 「心配で思考が狂うとは…そこまで涼宮さんを大切に思っているのですね。」 あぁ…そうさ…俺はきっとあいつが大せ…って古泉!お前やっぱり人の思考を覗けるのか!? 「………全部口からだだ漏れなんですが……。んふっ…まぁ良いでしょう、あなたの涼宮さんへの気持ちは分かりましたから捜索を再開しませんか?」 …何か好き勝手言われてる気もするが取り敢えず今はハルヒと森さんを探すのが先決だからな、古泉の妄言は華麗にスルーしておいてやろう……後で言及させてもらうぞ……っておぉぅ?! 先程説明したが、此処は無駄にだだっ広いが、物が乱雑に置かれた倉庫だ。俺が油断してダンボールに躓くのは差し当たって何の問題も無い……がその後が最悪だった。 躓いてよろけた俺は必死にバランスを保とうと、天井から垂れ下がっていたロープを掴んだのだが… ガゴッ!……ガタンッ! って隠し階段!? 助けを求めようと古泉を見たが…あの野郎電話してて、こっちに気付いてねぇぇぇぇぇ?! 哀れ俺は足元の床が動いて現れた下りの階段を転げ落ちた。 くっそ、痛ってぇなぁ…どうやら階段はあまり長い距離を降りる物では無かったらしく、俺に怪我は無いが…ったく、忍者屋敷かよここは? まさかハルヒに合わせて改築でもしたのか?とことん傍迷惑なヤツだなアイツも、しかしこんな地下まで作ってあるって事は、今回も機関のサプライズイベントだなこりゃ。目の前に「ここは怪しいですよぉおぉぉお!」って絶叫してる様な扉もあるし間違いはないだろ? さて今回はどんなイベントなのかね?なんて軽い気持ちでドアノブを手にした俺に聞こえてきたのはハルヒの悲痛な俺を呼ぶ声だった。 「ハルヒっ!?」 絶叫しながら扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、今まさに森さんに胸を刺されたハルヒだった……… 「あら…一足遅かったみたいですね…」 残酷で凄惨な笑みを浮かべたメイド姿の悪魔は俺に振り返るとそう言いながら、俺に見せつけるようにナイフをぐりぐりと捻り引き抜く。 ハルヒ体がビクンと痙攣し胸元から鮮血が吹き出し床に崩れ落ちる。 残酷な笑みを浮かべたメイドに返り血が真っ赤に染める。 「フフッ…アハハハハハッ!ハハハハハハハハッ!」 部屋に彼女の壊れた様な哄笑が響く。 あまりにも凄惨で狂気じみた光景に、俺はその場から一歩動けなかった。 「あらあら情けない人ですね…てっきり飛びかかってくると思ったのですが……そんなに私が恐ろしいのですか?」 森さんは俺を挑発するように嘲笑するが、俺の体は麻痺したように全く動かなかった。 「ふふっ…まぁ良いでしょう後は国木田君を快楽に堕として奴隷にすれば全て終わりですものね。」 メイドの姿の悪魔は舌なめずりをしながらそう言うと、俺が入ってきたのとは別の扉から去って行った。だが、今の俺にはそんな事は関係ないそれよりも…… 「ハルヒっ!」 俺は凄惨な光景に萎える俺の足を気力を総動員して何とか動かし、ハルヒを抱き起こした。 よく見ると抵抗出来ない様に後ろ手に縛られ、足も拘束されていた……ハルヒの体はまだ暖かだった…今も胸部からは赤い液体が流れ出て俺とハルヒを染めて行く… 嘘だろ…こんなのってありかよ?俺はまだこいつに何にも言ってないんだぜ?って何を言うつもりなんだよ俺は?違うな……もう止めようぜ、自分でも見苦しいだろ? 「なぁ…ハルヒ…ごめんな…こんな風になるまで気付かなくて…最悪だよな…失ってから気付くなんて…ハルヒ…俺お前の事が好きだったみたいだ。」 失ってから気付くなんて言葉はあるが、俺はどうなんだろうな?気付いてたのに知らないフリをして居ただけなのかもな。 「ハルヒ…ごめんな、こんな大馬鹿野郎で……」 唇を半開きにし、目を閉じたハルヒに俺は唇を重ねる。あの時以来のキス、現実世界のそれの味は何だかしょっぱかった。 そしてゆっくりと、どちらからとも無く、舌をおずおずと絡め深く口付け、唾液を交える…あぁ…キスってこんなにゾクゾクするモンなんだな…… ……あれ?ちょっと待て、今おかしく無かったか?「そしてゆっくりと、どちらからとも無く、舌をおずおずと絡め深く口付け、唾液を交える」って何だ? ハルヒは例の狂気のメイドさんに胸を刺されて今も血を流してて…まぁどう考えても舌を絡められる筈はない。俺は少し冷静になって考える為に唇を離しハルヒの顔を見る。 少し瞳を潤ませ、唇を半開きにし頬を少し紅潮させている。「キョン…もっとちゃんと…」と言いたげな物足りなさを訴える艶めかしい表情…ってまてい。 取り敢えず考えてみよう。 1ハルヒは今さっき胸を刺されて崩れ落ちた。 2今は瞳を潤ませて俺を見つめている。 3血がこんなに溢れてるのに血臭がしない。 4長門に朝比奈さん、古泉含む機関の面々がでっかい「ドッキリでしたw」って書いたデカいプラカードを持って乱入してきた。 さて問題です!これはどういう事でしょう? A機関のサプライズ B機関のサプライズ C機関のサプライズ D機関のサプライズ どれも違うな答えは Eハメられた、だ! ファイナルアンサー? ファイナルアンサー …………………正解。 あぁあぁああああああああぁあぁあぁぁ!!1!!1!1! 「ごめんねキョン…どうしてもアンタの気持ちを知りたくて……」 しかしだな物事には限度があるだろ?いや…こいつに限度なんてないか……まぁ元はと言えばいつまでも自分の気持ちに気付かなかった俺が悪いんだろうな……俺こそごめんな……ハルヒ。 「何泣いてんのよ?ここはやって良い事と悪い事があるだろ!って怒るトコじゃないの?」 「……うるさい。良いんだよ…俺はお前が居るだけで嬉しいって喜びを噛み締めてるんだからな。」 「何恥ずかしい事言ってんのよ……バカキョン……でもね、あんたのそんなトコもその…すっ好きよ。」 ハルヒのバカキョンがこんなに嬉しいなんてな…恋愛は精神病ってのはこいつのセリフだが……俺のはかなり重いらしい。 「さて皆さんは我々はお邪魔なですし別荘でゆっくりしましょうか?」 「そうね……血糊とは言え流石に気持ち悪いわ。」 「しかし青春ですなぁ。」 「しかしたった1年で別荘をここまで改築するとは思わなかったよ。」 「じゃあ、みんなもどろうか?」 「それでは皆様お疲れ様でした。」 「「「「お疲れ様でした~」」」」 古泉の号令に従って機関の面々はゾロゾロと扉を出て俺が転げ落ちた階段を登って去っていった。 「取り敢えずおめでとうかな?じゃあキョン、僕達も別荘に戻るね。」 「ぐすっ…良かったですぅ……本当にキョン君も涼宮さんも…」 「………お幸せに。」国木田、朝比奈さん、長門も俺とハルヒに賛辞を述べ部屋を後にした。 「じゃあ、涼宮さんとごゆっくり……そうそう、ここと隣は自由に使って下さって構いませんから明日の朝出発前にまた来ますね。」 そう言い残して古泉が最後に扉をでた後、ガチャリと何かが閉まる嫌な音がした。ひょっとしなくても俺達閉じ込められた? 「あっ大丈夫よキョン。隣の部屋になんでもあったから。」 ……え~とハルヒさんそう言う問題じゃないような…… 「流石にあたしも血糊が気持ち悪いし、シャワー浴びてくるわね。」 そう言うとハルヒは自分で縄を外し隣の部屋へ消えてしまった。何か色々置いてけぼりなんだが……そう言えば俺も血糊塗れだな…あいつの後でシャワー浴びるか。 ハルヒを追って入った隣の部屋はまるで高級ホテルの一室の様な部屋だった。金かけてるな機関。 だがしかし、お互いの気持ちを告白したばかりの男女にこれは早くないか?俺の考えがおっさん臭いのだろうか? 俺が1人悶々としているとハルヒがシャワーから出てきた。しかもバスローブ一枚で…… 「サッパリして気持ち良かったわよ?あんたも入って来たら?それ気持ち悪いでしょ?」 俺の血糊でベトベトの服を指差して笑う。 お前…意味分かって 「うっさいわね、分かってるわよ!決心もしてる。だから…行ってきて。」 ハルヒがじっと俺を見つめてくる。どこか不安そうな、でも強い意志を秘めた瞳で……やれやれ、そんな目されたら断れないだろ? さて……どうするんだこの状況は?俺はシャワーの温度を水並してに浴びながら、まるで滝に打たれる修行僧の様に目を閉じ考え込んでいた。 確かに俺も健康的な一般男子校生だし性欲もある。好きな少女と肉体的に結ばれるなんて、正に夢の様な状況だ。 だが……それでいいのか?俺はあいつの不安混じりの決意を秘めた表情なんて見たいんじゃない。俺がいつも見ていたいのは…朝日を反射する海よりもキラキラと輝くあいつの笑顔のはずだろ? なら…答えは決まってるだろ?スマンな……古泉せっかくここまでお膳立てを整えてくれたのにな…… 「で……良かったの?もうあんなチャンスないかも知れないわよ?」 良いんだよ。それともそんなにしたかったのかエロハルヒ? 「ばっ?!バカ!!エロキョンに言われたくないわよ!アタシ知ってるのよ?あんたが昨日一睡もしてないの。」 ほうほう…お前も寝てないのか奇遇だな。 「何がお互いの昔話をしないか?よ格好つけ過ぎよ…」 全く…顔を真っ赤にしながら強がっても説得力ないぜ? 帰りのフェリーの中結局最後の一線をこえられなかった俺とハルヒは2人で海を眺めていた。 正直ちょっと残念な気もするが後悔はしていない。告白とキスが同時になっちまったしな…その分他は遅くても構わないだろうさ。 「なぁ…別れ際に森さんと何を話してたんだ?」 「だ~め、女同士の秘密なのよ!まっ、何で別荘の掃除のために国木田が森さん達と一緒にもう一日残ったのか考えなさい。」 何となく分かるような分からんような…まぁいいか、新学期に国木田から聞いてみれば良いことだしな。 それよりハルヒ… 「んっ?何よ…改まっちゃって…」 「あ~その何だ、ちゃんと言って無かったらからな…そのだな、俺とつ、つつつきあっ」 「あ~はいはい、分かってるから無理しなくて良いわよ……ホっントに昨日の事と言い、妙な所で硬いのよねあんたは…」 ハルヒは俺の大好きな大胆不敵な笑顔でこう言った。 「まぁ、そんな所もバカキョンらしくてアタシは大好きだけどね。」 やれやれ、バカ呼ばわりされて顔がにやける俺も相当重い病気だな。 まぁ、なんだ…俺もお前のそう言う気の強い所嫌いじゃないし、その笑顔が何より大好きだぜ…ハルヒ。 森園生の電子手紙エピローグ2 番外編涼宮ハルヒの誘拐 終わり。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4223.html
「何よ、折り入って話したい事があるって」 ハルヒは、不機嫌なのか照れているのかよくわからない声で俺に質問した。 決意を胸に、俺はその日の放課後、SOS団の活動が長門の本を閉じる音で終わると同時にハルヒを非常階段の下---つまり、誰も来ない静かな場所に呼び出した。 第三者的な目線から見れば、まさにこの状況は、なんとも青春ドラマ的だと思う。 こんな場所で男女が二人きりになるなどという事はつまり、ドラマの中では、すなわちお約束なシーンで、お約束な言葉を言わなければいけないのだろう。 などという事を、考えていた。 「まぁ、大事な話なんだよ。ハルヒ、お前に一番最初に話しておこうと思ったんだ」 俺はハルヒに向かって言う。 「も・・・、もったいつけずに話しなさいよ!!い、いいわ、特別に聞いてあげる!」 ハルヒは二の腕を組みながら言った。自身に満ち溢れている表情、ああ、いつものハルヒだ。 そのことに一先ず安堵し、次に俺の胸を落ち着けた。 「あのなハルヒ、俺・・・」 ===============【涼宮ハルヒの留学】=============== 昔から「新しい」と名のつくものは、好きだった。新製品、新発売、新幹線も好きだし、新大阪なんていう名前もだ。どうしてなのかは俺にもわからないが。まぁ、例に漏れず「新学期」も好きなイベントの一つではあった。 俺達学生にとって一大イベントである「クラス替え」などという決して他人事ではない大切な行事もさることながら、気持ちも新たに登校する学校というのは、どうしてだろう、空気が違うように感じた。 もちろん、そんな事はおそらく俺の勘違いであり。2.3日もすると、いつもの睡眠が俺を襲ってくる事は間違いないのだが。 その日は、俺にしては(あくまで俺にしては)朝から快適な目覚めだった。妹のドロップキックで目覚めるという事が半ば習慣となっていた俺にとって、自らで自らの目を開いたというのは、大袈裟にいえば一種の悟りの境地なのであった。 「あれれ。キョンくんがもうおきてるー」 残念だな、妹よ。今日からお前のドロップキックで起きる俺では無くなったのだ。 ・・・、正直いつまでこの状態が持つかわからんが。せめて三日坊主よりは長生きしたいものだとは考えていた。なにせ新学期なのだ。学年も変われば気分も変わる、なぜか俺はそんな気がしていた。まぁ、新年を迎えようが、学年が一つ上がろうが、ハルヒは相変わらずだろうがな。 なんと言っても、ハルヒは自分で自分の事を崇高で絶対不可侵などとのたまっているのだ。事情も何も知らない一般人的目線からするとかなりのセンで怪しい事を言っているのだと思う。いや、実際その通りなのだが・・・。 まぁ俺はそんなハルヒが立ち上げたSOS団の団員その1、かつ雑用係であり、まぁ、色んな出来事の鍵らしい。俺にゃまったくそんな自覚はないんだがな。 「キョンくーん、朝ごはんできたよー」 学生服に着替えながら、一階の妹に今行くと返事を返した。 この匂い、今日は目玉焼きに醤油だな。快適な一日は快適な朝ごはんからと、かの有名な・・・ええと誰だったか忘れたが、そんな言葉もあるくらいだしな。 * 登校途中に出会った(出会ってしまった)谷口は、一年生らしい女の子にさっそくお得意の(?)ナンパをしていた。 見るからに可愛い女の子ばかりに声をかけては凄い勢いで平手打ちをくらったり、ぷいと無視されたり、まぁ反応は様々なのだが、連敗記録を今日だけで10は更新していそうだ。 「よぅ、キョンじゃねぇか。新学期になってもかわらねぇな」 「それを言うなら、お前のナンパの成果の無さも相変わらずだな」 「甘いぜ…キョン。お前はまだまだ甘い」 「な、なんだよ」 「変化なんてもんはな!自分で望まなきゃならんのだ!!」 谷口が珍しくマトモな事を言っていると感心していると、いつの間にか俺の横からこつぜんと居なくなり--新しい女の子へ声をかけていた。 あいつのああいう前向きな一面を俺は見習うべきなのだろうか。 そうは思いたくないが・・・。 「やぁ、キョン」 「おう、国木田」 「おはよう、どうしたの?校門で突っ立って」 「いや、谷口のヤツがな」 「あぁ、そういえば昨日たまたま駅前で会ったんだけど、その時から張り切ってたよ。今は年下がねらい目だーって言ってたからね」 「成功率0%の更新は今日も続きそうだがな」 「ははっ、まぁそうだね」 その後靴を履き替え、教室で国木田達と談笑していた。しばらくすると項垂れた谷口が教室へと帰ってきた。本人の口から直接聞いたわけではないが、どうやら成果は上がらなかったらしい。下手な鉄砲数打てど当たらず・・・、谷口の為にあるような言葉だと思った。 その後、チャイムギリギリにハルヒが教室に入ってきたのと同時に担任の岡部もやってきて朝のホームルームが始まった。どこか浮ついた空気が流れる新しいクラス。 新学年といっても、一年生の時とそれほど面子が変わった形跡が見られないのはハルヒの仕業なのだろうか、それとも。まぁ、知っている顔が多いという事はとりたてて悪いと言う事でもあるまい。 「そうだ、キョン」 「なんだ?」 国木田が思い出したように言った。 「昨日佐々木さんにも会ったんだ」 「佐々木に?」 「そうそう、彼女凄いね。なんでも学校の選抜大使かなんかに選ばれたらしいよ」 選抜?大使?なんじゃそら。 国木田の後から現れる影 その影はいきなり大きくなったかと思うと 「ちょっと!キョン!話があるからきなさい!」 ぐ、ネクタイ引っ張るのだけはやめてください。 「生徒会対策よ!」 とか言って、何やら紙とペンを持たされた俺達は前回以上にひいひいいいながら機関紙を発行したり。 野球大会ならぬボーリング大会(これなら少人数でも大丈夫だろ)に参戦したり。 相変わらずハルヒのエンジンは新学期早々から一分の迷いも無く全開だった。 度重なるイベントに、たまにはブレーキをかけた方がいいんじゃないかと、俺が愚痴を零すと 横でニヤケ顔の古泉が 「涼宮さんらしくていいじゃないですか」 とか言うのだ。まぁ、確かに。その方がハルヒらしいよな。あいつはそれでいいんだよ、俺は振り回されているくらいで丁度いいのかもしれない。 長門は長門でずーっと読書に没頭してるし、部室専用のエンジェル朝比奈さんは--ああ今日もトテモ素晴らしいです。 最近じゃメイド服以外にもナース服とかチャイナドレスとか、警察の制服とか(どっからそんなもん買ってくるんだ)を見事に着こなしている朝比奈さんには、もはやどんな賞賛を持ってしても値しない気がしてきた。 そんな朝比奈さんを気の毒に思うのだがしかし、これはこれで、この状況を楽しんでいる俺がいるわけで。そういう意味では俺もハルヒの共犯と言わざるを得ないかもしれない。すみません、朝比奈さん。 そんなこんなで、まぁ。 アクセルを踏むどころか、ペダルが壊れて戻らないというか、新学期だろうが何だろうがそんなハルヒはハルヒで健在なわけで。 SOS団の活動もあり、俺達は時間の経つ事すら忘れる様なくらいに忙しい日々を過ごしていた。 いつの間にか、桜が開花したというニュースが流れてから3ヶ月くらいが経っていた。 その間には花粉症がどうのこうのと世間を騒がせているみたいだったが、幸いうちの家族はそれとは無縁な生活を過ごしていた。 しかし、なんでも花粉症というものは人間の食生活や生活習慣と深く関わりがあるらしく、誰にでも発病する可能性があるというニュースを昨日見たばかりだ。 その日の朝食には、お袋がさっそく買ってきたヨーグルトが登場し、俺はこのヨーグルトが家族を守ってくれる救世主になる様に深く願った。たのむぜヨーグルト、なーんてな。 その日の朝も快適だった。 目覚ましのセットしていた時間より1分前に目覚めた。おはようございます、と、背伸びをすると、カレンダーのマル印に目が行った、今日がその日だと思うと、少々の緊張感に襲われた。もっとメランコリーな気分になるかと思いきや、どうやらそうではないらしい。まぁ、ダメで元々だしな。リラックスしていこう。 国木田に協力してもらいながらここまで来たが、どうも俺にとって「テスト」というのは鬼門であり、それは今回も例外ではなく、あまり手応えの良くないテストのデキ次第で合否が決まってしまうわけなのだから、緊張するのも仕方無い事だろう? 1年生から2年生へと無事に進級した俺たちは、いつもながらにお約束の通学路を通り、いつもながらに授業を受け、SOS団では普段と何も変わらぬ非日常を過ごしていた。 何も変わらぬ非日常、などという表現だが。日常ではなく、非日常と書いたのはあながち間違いではない。そりゃそうだろう、なんだってこの猫の額ほどの文芸部室と言う空間には、未来人、宇宙人、超能力者が一同にかいしているのだ。 それに何より、涼宮ハルヒという存在、SOS団をSOS団たらしめている存在だが、ハルヒがいる事により、もっとカオスに。当たり前の事だが、もはやこの空間は日常という言葉には相応しくない空間になっていた。 それはいつかの俺が望んでいたことであり、ここにはむしろ心地よさすら感じられていたのだが。 2年生へと進んだ俺にとって、本日ある転換が訪れようとしていた。 いつかの谷口の言葉に感化された--いや、まさかな。まぁ、確かに。谷口には感謝するべきなのかもしれないけれど。 昼休み、職員室で聞いた岡部の言葉をそのまま復唱しよう。 「よく頑張ったな、キョン。合格だ」 担任まで俺の事をキョンと呼んだのは、この際どうでも良い事としよう。 俺は嬉しさで有頂天だった。有頂天ホテルだ、乱闘だ、乱闘パーティーだ。 いやすまん、少し取り乱した。 これ、手続きは済んでいるからな。と、岡部から渡されたパスポートに写る自分の半開きの目を見て、どうしてこんな写真が採用されたのかと我ながら自分の目を疑っていた。 いやしかし、実感と言うものはすぐには沸かないものである。 甲子園優勝投手、M-1チャンピオン、宝くじに当選した人。まぁ、少々大袈裟な表現かもしれないのだが今の俺の気分に似ているのかもしれない。 甲子園に行ったわけでもないし、漫才ができるわけでもなく、ましてや宝くじなど買ったことはないのだが。 教室に戻り。 今まで協力してくれた国木田に礼を言うと 「頑張ったのはキョンだよ、僕は何もしていないから」 などと、実に歯がゆい返答を返してくれた。 頬がつい緩んでしまう。 ありがとう、国木田。半分はお前のおかげだ、いや。実際半分以上お前のお陰かもしれん。 なんだか、午後の授業が上の空だった。 後の席のハルヒからは 「キョン?なんなのよ、気持ち悪い」といわれてしまったけれど こんな時なんだ、鼻歌の一つでも歌ってもいいだろ。 だから。この事を話さなければなるまい。 まず、何よりハルヒに。 * 「何よ、折り入って話したい事があるって」 ハルヒは、不機嫌なのか照れているのかよくわからない声で俺に質問した。 決意を胸に、俺はその日の放課後、SOS団の活動が長門の本を閉じる音で終わると同時にハルヒを非常階段の下---つまり、誰も来ない静かな場所に呼び出した。 第三者的な目線から見れば、まさにこの状況は、なんとも青春ドラマ的だと思う。 こんな場所で男女が二人きりになるなどという事はつまり、ドラマの中では、すなわちお約束なシーンで、お約束な言葉を言わなければいけないのだろう。 などという事を、考えていた。 「まぁ、大事な話なんだよ。ハルヒ、お前に一番最初に話しておこうと思ったんだ」 俺はハルヒに向かって言う。 「も・・・、もったいつけずに話しなさいよ!!いいわ、特別に聞いてあげる!」 ハルヒは腕を組みながら言った。自身に満ち溢れている表情、ああ、いつものハルヒだ。 そのことに一先ず安堵し、次に俺の胸を落ち着けた。 「あのなハルヒ、俺・・・」 「ちょ、ちょっと待って!」 言いかけた言葉、両手で俺を制するハルヒ、一体なんだと言うのだ、さっきもったいぶらずに話せって言ったじゃないか? 「こ、心の準備が必要じゃない」 そうか? 「そうよ。そ、…それにキョンも落ち着く必要があるんじゃない?」 そうするとハルヒは2回3回大きく深呼吸をして、いいわよと言った。 そうかそうか、そんなに俺の事を心配してくれるか。 「そ、そうよ!団員の事を心配するのは、団長だけの特権なんだからねっ」 相変わらずハルヒはハルヒだ、俺はそんなハルヒの様子に安堵した。 これならば、今の俺の気持ちを打ち明けても大丈夫だろう。 そう、桜も散ってしまい、葉桜へと姿を変えた頃に決意した気持ちを。 16歳から17歳へ移ろうかという時の、思春期というより、青春まっさかりの気持ちを。 どうしてもハルヒに一番に聞いて欲しかった。 聞いて欲しかったんだ。 それは、俺のエゴなのかもしれないけれど。 他の誰でもない 朝比奈さんよりも 長門よりも 古泉は、まぁ入れてやってもいい 国木田は協力してくれたからな、谷口はこの際論外という事で。 誰よりも、ハルヒに。 俺の気持ちを、知っておいて欲しかった。 「あのなハルヒ。俺、留学するんだ」 * 一陣の風が通り過ぎた。 一瞬目が痒くなった様な錯覚に陥り、花粉症になったのではないかという思考を巡らせたが、そんな考えは一瞬のうちに消えてしまった。 えらく、長い時間が過ぎたと思う。 校舎の大時計は7を指していた。 6月も終わりといえど、この時間になると結構暗くなるものだ。 俺の言葉はハルヒに届いただろうか。 二人の間になんとも言えない空気が流れる ハルヒに、笑われるだろうか それとも、祝福してくれるのか どちらにせよ 俺から伝えるべきことは、伝えた。 「いう事って、りゅ・・・、留学?キョン、あんたが?」 ハルヒはただ、驚いていた。 ああ、そうだろう。それが当然の反応なのかもしれない。当たり前といえば当たり前の反応だ。 俺がハルヒの立場だったら間違いなくそうするだろう。 まさか万年成績最下位の座を谷口と争っている俺がこんな事を言うなんてのは、夢にも思わなかっただろうからな。 酔狂と捉えられてもおかしくはないだろう。 そうだ、でも。 俺は留学するんだ、中国にだ。 「ちゅ、中国ってアンタ、あのチャイニーズな国でしょ?海を越えた向こうにある国じゃない?」 ああ、そうだぞ。 ニーハオ、シェイシェイ。中国語の勉強も少し始めたんだ、向こうに着いてから大変だからな。 「そんな…、そんな事って…」 ハルヒは下を向いて何か呟いている。 俺にはそれが聞こえないが。 ・・・、喜んでは、くれない、・・・か。 やや空いて 「それでな、SOS団の事なんだが…」 一番大切な事を話そうと思った、その時 「お…、めでとう!!」 「へ?あ、あぁ。ありがとう」 ハルヒは今日一番の大きな声で祝福してくれた。 俺は一瞬の事で変な声しか出せなかったのだが 次の瞬間ハルヒはくるりと反転し、全速力で駆けて行ってしまった 俺は、ただその光景を後から見ているだけだった。 俺は追えなかった。 どうしてだろう。 嬉しい反面、寂しいという気持ちになった。 ずっと思っていた事なのに。 言うのが遅くなったのは素直に謝ろう、すまなかった。 新学期が始まって、募集を開始した留学の事。 それに目が留まり、興味を惹かれ、応募した事。 国木田に勉強をみてもらっていた事。 決してダマそうと思っていたワケじゃないんだが、ギリギリまで黙っていてハルヒを少し驚かせたかったという思いもあった。 結果的に、俺の目論見は成功に終わった。 ハルヒは、 泣いていたけれど。 * マナーモードにしていたケータイに着信 ’古泉一樹’と表示され、なんとまぁ、通話する前から大筋の用件がわかるタイミングで電話をかけてきたものだと思った。 『もしもし--マッガーレこと古泉一樹です、いっちゃんってよんd』 四番じゃなくて、呼ばん。なんだよ、今忙しいんだよ 『それはご愁傷様です、実は先程ここ半年で一番巨大な閉鎖空間が発生したのですが。何か心当たりは?』 ・・・ 『あるのですね』 まだ何も言ってねぇだろ 『そうでした、今僕も新川の車で向かっている所なのですが』 それがどうかしたのか 『前にも言いましたが、閉鎖空間は涼宮さんの気持ち一つで発生するものです。あなたにもご理解いただけているかとは存じますが』 あぁ、嫌になるほど 『そうですか、それならば話は簡単です』 ・・・ 『SOS団の活動の後、二人で非常階段に残った涼宮さんと何があったのか、僕は知りませんが』 なんだよ、俺が悪いと言うのか 『責任論を押し付けるつもりはありません、しかし、二人の間に何か誤解が発生しているならばまずそれを正すことが大切なのでは?おっと、現場に着きました、それでは、生きていたらまた会いましょう』 ガチャ……・・・ツー…ツー… 誤解ってなんだよ。 俺は、ハルヒに喜んでもらいたくて。 なのに、あいつ。 何を泣いてるんだよ 電話が来る前から学校を手当たり次第探しているが、ハルヒの姿は見当たらない。 ケータイも出ない、あいつの行きそうな場所を考えたが多すぎて見当もつかない。 ---いや、心当たりはあった。 走り出した。 そりゃもう、生まれてから今まで一番早かったんじゃないかと思うくらいに。 * いつかこんな話をした事があった。 それが一体、いつなのかは記憶が定かではないが。 「ねぇキョン」 「なんだ?」 「あたしね、運命とか信じないの」 「どうしてだ?」 「だって、そんなチンケなものに頼っているなんて、なんだか恥ずかしくない?私の人生は私が切り開くのよ」 「ははっ、ハルヒらしいな」 「あんたはどうなのよ」 「うーん、どうだろうな…」 「キョン?」 「少なくとも、俺はハルヒや長門、朝比奈さん、古泉達と一緒にSOS団に居れて良かったとおもうよ」 「少なくともって何よ」 「まぁ聞けよ」 「仕方ないわね、聞いてあげるわ」 「お前が居てな、横で長門が本を読んでるんだよ。そんで古泉が俺にオセロでボロ負けしてるんだ。それで俺は朝比奈さんのお茶を飲みながら、ああ、今日も良い一日だなって思うわけだ」 「・・・」 「だから、ハルヒには感謝してる」 「なっ・・・!」 「どうした?」 「な・・・、なんでもないわよ・・・」 「そうか?」 「そ、そうよ!」 「うん。だから、これはひょっとしたら運命なんじゃないか、ってな。たまにそう思うんだ」 「・・・ばか」 「へ?」 「あー・・・、もう。バカキョン」 「ひ、人が真剣にだな」 「・・・ちょっと、カッコいいじゃない・・・」 「ん、何か言ったか?」 「な、何も言ってないわよっ!!」 * いつかの公園。 いつかの記憶に、ハルヒの声が重なる。 「やっぱり、ここに居たか」 ぜぇぜぇ、と肩で息をしながら。 ブランコに乗ってる黄色いカチューシャに声をかけた。 声に反応したのか、少し肩が上がる。 俺は息を整えようと、深呼吸をした。 気がつくと、もう日は沈んでいた。 「なによ」 振り向いたハルヒの目は充血していた。 ・・・、泣かせてしまったのだろう、俺が。 色々な思考が巡ったが 一番にすべき事があった。 「すまん、ハルヒ!」 俺は全力で謝った。 かっこ悪いかもしれないけれど、そりゃもう凄い勢いで頭を下げた。 「お前に今まで一言も相談せずに黙っていてすまなかった!お前に喜んで欲しくて、中国語の選考だってなんとか通過して。それで!いざ留学が決まって、俺、うれしくて。でも、お前の気持ちなんか全然考えていなくて!すまなかった!俺、自分勝手だよな!お前の事ちゃんと考えられなかった!ほんと、ごめん!」 口を開いたら、今まで溜め込んでいた気持ちとか想いが溢れてきた。 なんて俺はバカな事をしちまったのだろうかと、今更ながらに思う。 なんで一言くらいハルヒに相談をもちかけなかったのか なんで、どうして。 ハルヒを探している途中に、何度も自問自答した。 本当は、見返してやりたかったのかもしれない。 俺だってやればできるんだぞという所を見せたかったのかもしれない。 男って、そういう生き物だろ? 特に、す・・・、す・・・好き・・・な、女の子の前ではさ。 「なによ・・・、バカキョン・・・」 ハルヒも我慢していたものが溢れたのだろうか その大きな瞳に涙をたくさん貯めていた 「バカ・・・、キョン・・・。あんた、よかったじゃない・・・私、嬉しかった。でも、キョンが私の前から居なくなるって考えたら恐くなって・・・、それで逃げたの・・・、ごめんね、怒った・・・?あたし、キョンが居なくなったらまた中学の時みたいに一人ぼっちになっちゃうかと思って…恐くなった。恐くなったの」 肩が震える。 「お前は一人なんかじゃない!!」 叫んだ。 「お前には、長門だって朝比奈さんだって、古泉だって、鶴屋さんだって、国木田だって谷口だっているじゃないか!」 「キョンじゃなきゃだめなの!キョンじゃなきゃ・・・だめなの・・・」 「・・・っ!!」 あぁ、やっぱり俺は大ばか者らしい。 何が格好をつけたかっただ、ハルヒの一番そばに居た癖にハルヒの事を一番わかっていなかったのは俺じゃないか。 「ハルヒ、・・・すまん」 「キョン・・・キョン」 現実に女の子を、抱きしめた事なんてなかった。夢の中の出来事なんてのはノーカウントだからな。 だから、どうしていいのかわからなかったけれど、ただ、なんとなく知ってはいたんだ。 いつかドラマで見たみたいに、ハルヒの背中にそっと手を添えた。 胸の中で、ハルヒの温もりを実感した。 普段は存在感の塊みたいな感じなのに、こうしてみると意外と小さいんだな 「バカ・・・、あんたが大きいからよ」 涙まじりの声で、上手く聞き取れない。 すまん。 「ねぇ、キョン」 なんだ 「あたしね」 ああ 「キョンの事」 うん 「好き」 そりゃ奇遇だな 「俺もハルヒの事が好きだ。世界で一番、な」 「・・・バカ・・・、大好き・・・」 * 「わざわざ見送りなんて来なくてもいいのに」 俺はお袋と妹以外の4人に向かって言った。 「そういうわけにはいかないでしょ?あんたにはSOS団中国特使としての重責があるんだからねっ!!」 ハルヒ。 元気でな 「あ、あんたもね」 「あ・・・あのぅ・・・キョンくん!がんばってくださいねっ!!」 両腕でガッツポーズを取った朝比奈さん はい、帰ってきた時は朝比奈さんのお茶、楽しみにしてます。 あ、でも、もう卒業・・・ 「うふっ、大丈夫ですよ♪」 あれれ? 目の前がピンク色に・・・ 「ちょっと、キョン?」 はっ、いかんいかん。 「僕も微力ながらサポートさせていただきますよ、中国には親しい友人が居ましてね、その人物・・・」 謹んでお断りする 「それは残念です」 「・・・」 長門、行ってくるよ 「そう」 もしかして最初から知っていたのか? 「・・・教えない」 そうか、俺の居ない間、ハルヒをよろしく頼む。この通りだ 「了解した」 それじゃ、行ってくるよ。 「キョンくーん、お土産まってるよー」 お兄ちゃんって呼びなさい! お袋、行ってきます。 「立派になって帰ってくるんだよ」 ああ、病気なんかするなよ。 飛行機がハイジャックされないかと最後まで心配してくれたハルヒ。 飛行機が墜落しないかと最後まで心配してくれたハルヒ。 愛しい人。 愛すべき人。 ちょっと待っててくれよな、一年なんて、あっという間に過ぎるさ。 * 下宿先で、ハルヒそっくりの人物と一年間を過ごしたのは、また別の話になる。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/836.html
ある日、妹のダイブが来る前に目を覚ました。 珍しい事もあるもんだなぁ。 なんて思ってしまう俺も俺なのだが・・・ 目を覚ました俺は自分の部屋に何か違和感を感じた。 何だ?この感覚は・・・ それを気にしていたらあっという間に時間が無くなった。 俺はその違和感が気になったものの遅刻しては堪らないのでさっさと着替えを済ませ、リビングへと向かった。 「おはよう、母さん」 「おはよー!!あんた、相変わらず時間ギリギリね」 「あぁ、いつもすまな・・・」 思わず俺の時間が止まったね。 なんたって台所に立って朝食の準備をしていたその人はなんとハルヒだったんだからな。 「何?朝からポカーンとしちゃって、まだ寝ぼけてるの?」 「は、ハルヒ!!こんなとこで何してるんだお前!?」 「朝っぱら母親を呼び捨てにするなんていい度胸ねぇ?」 危険だ・・・・・ ハルヒは顔は笑っているが声が笑っていない・・・・ 持っているおたまに得体の知れない何かが集まっていく。 このままだと間違いなく俺の明日は無い!! 「す、すいません!!以後気をつけます!!」 あぁ、俺ってここまでヘタレだったのか。 「分かればよろしい。じゃあ、さっさと朝御飯食べちゃいなさい」 「あ、あぁ、分かった」 とりあえず、状況を整理しよう。 どうやら、今の俺はハルヒの子供らしい。 という事は当然父親もいる訳だな。 ハルヒと結婚した勇気ある奴はどんな奴かね? 早く面を拝んでみたいものだ。 今、何かムカッときたがこれはただ単に腹が減っているからだろう。 そうに違いないさ。 そう考えをまとめ、ハルヒの作った朝食を食っていると誰かが降りてきた。 そう、遂にハルヒの旦那の面を拝める時がきたのだ。 ドアが開いた音のする方へ向いた俺は言葉を失った。 そりゃそうだろ。 そこには、ダルそうにしている俺が立っていたんだからな。 起きてきた俺が食卓に着くとなんとも言えない嫌ぁな雰囲気になった。 この空気はなんなんだ? さっきから俺とハルヒが全く口を聞かない。 これが噂に聞く倦怠期ってやつなのか? 俺は小さな勇気を振り絞って聞いてみた。 「な、なぁ、さっきからどうして二人とも口聞かないんだ?」 すると二人の鋭すぎる視線が俺に突き刺さった。 痛い・・・痛すぎるよ・・・(泣) 「「別になんでもない(わよ)!!話したく無いから話さないだけだ(よ)!!」」 二人とも息がぴったりだった そう言い終わると二人は睨み合いを始めていた。 あぁ、これが夫婦喧嘩というものか。 これは確かに犬もこんなもん食ったら腹壊すわなぁ。 しかし、未来では俺はなんとかハルヒと平等な地位を獲得している様で安心した。 「喧嘩してるのは分かった。で、原因は一体何なんだ?」 また視線が飛んできた。 今度はあのバチバチいってるのも一緒にな。 「「それはハルヒ(キョン)が俺(あたし)の言う事全く聞かないからだ(よ)!!」 またハモってる・・・ さて俺はあえてこの二人にこの言葉を送りたいと思う。 このバカ夫婦がっ!! その後、どうにか喧嘩の原因を聞きだした俺は二人を説教していた。 原因は俺、つまり未来の俺とハルヒの子供の進路の事だった。 「分かった。俺の事をそこまで思ってくれるのは大変ありがたい事だと思うよ。でもな、その事で二人が喧嘩したって意味無いじゃないかっ!!」 俺は机を「バンッ」と思いっきり叩いた。 いつもの俺ならここまでする事は無いだろう。 しかし、さっきの原因不明のイライラが俺をどんどんヒートアップさせる。 未来の俺とハルヒはすっかりシュンとなっている。 それに構わず俺は続けた。 「いいか?自分の事で親に喧嘩されたら子供は辛いんだぞ!!自分が原因なのがどれ程苦痛かなんで分かってやれないんだ!?」 「「ご、ごめんなさい・・・」」 それを聞いた俺は一気にクールダウンした。 「分かってくれればいいんだ。こんな息子だけどこれからもよろしくな」 そこまで言うと俺は急に意識が遠くなった。 気が付くと全ての時間が止まっていた。 いや、厳密には俺と俺の前に立っている奴以外の時間がと言っておこう。 「お前は誰だ?」 「はじめまして。僕はあなたの息子です」 こいつは何言ってんだ? 「何を言ってるのかさっぱり分からん。どういうことか説明してくれ」 「今回の両親の喧嘩がいつもよりすごくて僕の手に負えなかったんです。そこで、よく母さんが「学生時代のキョンは」と言っていたので助けてもらおうと思ったんです」 俺の子よ、苦労してるんだな・・・・ 「そうか、そりゃ済まなかったな。ちゃんと説教しといたからもう大丈夫だと思うぞ」 「えぇ、見てました。本当にありがとうございました」 俺はふと気になった事をそいつに聞いてみた。 「でだ、俺達はいつもあんな感じなのか?」 「いえ、いつもはそりゃもう仲の良い夫婦ですよ。暇があれば四六時中ベタベタしてますから」 「そ、そうか・・・」 イカン、顔が段々熱くなってきた。 その瞬間、俺は何かに吸い込まれるような感覚に襲われた。 「そろそろ時間みたいです。名残惜しいですけどお別れですね」 「あぁ、そうだな。最後に1つ聞いていいか?」 「何ですか?」 「お前は俺達の子供で幸せか?」 「そんなの聞くまでも無いですよ。気苦労は絶えませんけど僕は2人の子供で良かったと思いますよ。では未来で会いましょう」 「あぁ、じゃあな」 そこで俺の意識は完全に何かに吸い込まれた・・・ 朝、違和感の無い部屋で目を覚ました俺はほっと胸を撫で下ろした。 学校では昨夜の出来事のせいでハルヒの顔をまともに見る事が出来なかった。 あぁ、気まずい・・・ その気まずさからハルヒを避けていたら超特大の閉鎖空間が発生したとかで古泉から散々ダメ出しをされた。 その翌日、避けていた事をハルヒに謝ったら 「キョン、あたしを傷物にしたんだからちゃんと一生責任取りなさい!!」 とか、教室で大声で叫んでくれやがった。 そして今、ハルヒに課せられた罰ゲームとしてなんと婚姻届を書かされているのだ。 そもそも俺が18歳にならなければ役所が受け取ってくれないと思うんだが・・・ 「キョン、手が止まってるわよ!!さっさと書きなさい!!」 「へいへい」 そんな理屈がこいつに通用する訳無いか・・・ はぁ、やれやれ・・・ fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6032.html
Ⅴ 「‥‥‥誰、ってどういう意味かしら」 「そのまんまの意味だ。お前は誰だ。本物のハルヒはどこやった?」 そのハルヒはこちらにニヤリと笑った口下だけが見えるよう少しだけ振り返り、またもハルヒとおんなじ声色で俺へと返事をした。 「なあに、キョン。本物のハルヒ、なんて意味ありげな言葉言って。まるであたしが偽物みたいじゃない」 その通りだよ偽ハルヒめ。 「だって忘れちゃったんだから仕方ないじゃない。それとも何、そんなに大事な思い出だったのかしら?」 白々しいことを。どういう過程でこいつが全くハルヒと同じ容姿と声と性格を得たかは不明だが、本当のハルヒではないということが確かになった。となると、こいつが閉鎖空間を発生させたということか。畜生、よりによってハルヒの姿になりやがって。 「じゃあ教えてよ。もしかしたら思い出すかもしれないわ。どうやってあたし達はここから出たんだっけ? キョン、言いなさい」 誰が言うか。 「じゃああたしが本物か偽物かは分からないわね」 ウフフ、と小悪魔みたいな笑い方をした後、また偽ハルヒは窓へと視線を向け直した。後ろ姿からでも俺には分かる。きっとこいつは今、笑っているに違いない。 もうバレているのに、まだハルヒの真似をするのか。じゃあいい、とっておきの質問をしてやるよ。 「3年前の七夕、お前は何をした」 「何、って‥‥‥そう、東中のグラウンドに絵を描いたわ」 「ほう、一人でか」 「あたし一人じゃないわよ。女の人を背負った北高のお兄さんも手伝ってくれたわ」 「そいつの名前は?」 「ジョンよ。ジョン・スミス」 妙なとこまで知ってやがるな。となれば‥‥‥。 「ね? あたしは涼宮ハルヒよ」 「いやまだだ。お前、グラウンドで北高生に絵を描かせたのは覚えてるんだよな」 「絵の模様までは覚えてないわよ」 「それは別にいい。だがそこまで覚えてるんだったら分かるよな? その絵の意味を」 「‥‥‥‥意味?」 ここで偽ハルヒの言葉がとうとう詰まった。しめた。 「ハルヒが描いた絵はとある宇宙語なんだよ。お前が本物のハルヒなら、その日本語訳を絶対に知ってるはずだぞ!!」 後半怒鳴るような声でそう問いただすと、さっきまで余裕で答えていた偽ハルヒからはわたしのわの字も出なかった。ざまあみろ。これでこいつが本物のハルヒではないことが完全に証明されたぜ。 「‥‥‥フフ、そうね。確かにあたしはその言葉の意味を知らないわ。どういう形なのかもね」 そこまで言って、ようやく偽ハルヒはこちらへと振り返った。 「でもね、キョン」 「それでも、あたしが本物のハルヒよ」 「いい加減にしろ。お前がハルヒじゃないとはもう分かりきってるんだよ」 そう言う俺の言葉にも段々覇気がなくなっていた。振り返った偽ハルヒは、朝倉の顔をしていた! なんてこともなく、誰がどう見ようと涼宮ハルヒだったのだ。今の表情は俺にとってはいやぁな計画を思いついたハルヒのそれだった。 「キョン、あんたにとって‘涼宮ハルヒ’って何かしら?」 「‥‥どういう意味だ」 「あんたの言う‘涼宮ハルヒ’は、この顔をしていること? それとも声かしら? 自分勝手な性格? 身長、体重、趣味が完全一致している人物を指すの?」 偽ハルヒはそこで一旦言葉を区切り、団長と書かれた三角錐の乗った机の引き出しから腕章を取り出して 「それかこの‘団長’の腕章を身につけてる人のことを言うのかしら?」 と口にしながら腕章を右腕にはめた。 「違う」 「どう違うのかしら」 「お前はハルヒじゃない! だからいくらハルヒの真似をしたところでハルヒじゃない!!」 「ウフ、いいわよ。あたしはハルヒじゃない。あんただけにはそう認めてもいいわ」 だが偽ハルヒは勝ち誇った顔を浮かべ 「だけど他の人にはどうかしら?」 「何‥‥?」 「谷口や国木田、担任の岡部や鶴屋さんの目にはいつもどおりの‘涼宮ハルヒ’が写っているんじゃない? あんたがそうだったようにね」 「‥‥‥‥」 確かに反論は出来ない。 「だとしたら俺がお前が涼宮ハルヒじゃないと言いふらしてやるよ」 「どうやってかしら。あんたと‘涼宮ハルヒ’‥‥‥あと宇宙人の有希しか知らない事実でなんとかしようっていうの。笑えるわよ、キョン。頭おかしいと疑われるのがオチよ」 長門を宇宙人だと知ってるのか? いや、そもそも長門に攻撃不許可にしたのがこの偽ハルヒだったんだから、何もおかしくはないか。しかしあの見た目がハルヒの口から「宇宙人の有希」なんて言葉が出てくると妙な気分になるぜ。 「どうして長門が宇宙人だと知ってる」 「有希だけじゃないわよ。みくるちゃんは未来人で、古泉君は超能力者でしょ」 まさかこいつが新たな異世界人なのか? と一瞬疑問がよぎったが、その考えはものの見事に粉砕された。 「何故知ってるのか? って顔をしてるわね。ウフ、キョンは忘れちゃったのかしら?」 俺が忘れてる? 「そうよ。だって、長門有希が宇宙人っていうのも、朝比奈みくるが未来人というのも、古泉一樹が超能力者であることも‥‥‥あんたが教えてくれたんじゃない」 なんだと。 「俺はお前なんかに教えたつもりは‥‥‥」 「5月29日、日曜日」 偽ハルヒは俺の顔を見ず天井見上げてそう声を上げ、団長席の回りをゆっくりとした足取りで歩み始めた。なんだなんだ。 「今日はSOS団の活動の日。みくるちゃんと有希と古泉君は用事があるみたいで、よりによってキョンと二人きりだったけど仕方ないから同行してあげた。喫茶店でキョンにどうやって奢らせようか考えていたら、あいつ、妙なことを話し始めたわ。有希が宇宙人でみくるちゃんが未来人、古泉君が超能力者なんて言い始めたの。一生懸命考えたジョークなんだろうけど、全然面白くなかったわ。選んできた人材が偶然みんな宇宙人未来人超能力者なわけないじゃない。全く、聞いてて呆れたわ」 床の上に落ちた壊れたパソコンの液晶画面をさらにバリバリと砕くように足を乗せて、ハルヒは机の回りを一周し終えた。また横目だけで俺の顔を伺う。 「それに、」 「もし有希が宇宙人で、みくるちゃんが未来人で、古泉君が超能力者なら、あんたは何なのよ」 「‥‥‥‥」 それは逆に俺が聞きたいぐらいだ。まさか俺が異世界人でした、とかないよな。 「‥‥‥キョンは、何なのかしら?」 「さあな」 だんだんと麻酔銃を向けている腕も疲れてきたが、まだ下ろすわけにはいかない。聞かなきゃいけないことがまだ山ほどあるからな。とりあえず一つずつ疑問を解消させよう。 「今のはハルヒの日記か」 「‥‥‥‥」 偽ハルヒは黙っていたが、間違いない。 黒魔術の練習か、小さい頃から親に強いられてきたのか、あるいは日々の出来事に不思議が紛れこんでいるかもしれないと思ったのかどうかは知らないが、ハルヒはこまめにも日記を書いているようだ。どうりで妙に深いところまで知っているわけだ。ジョン・スミスとかさ。だがさすがのハルヒも、運動上に描いた絵のイラストや例の閉鎖空間での出来事を書かなかった。そりゃそうだ。俺が日記をつけていたとしても、あの出来事だけは絶対に書かない。 しかし日記を自由自在に見れるということは、本物のハルヒと完全に入れ替わったということだ。となるとハルヒはどこへ? 「‥‥お前は一体何者なんだ。何故ハルヒの姿をしている?」 「あたしが‘涼宮ハルヒ’だからよ」 くそ、話が進まん。多少の強引さが必要か。 「いい加減にしろ。正直に全てを話せ。じゃないと撃つぞ」 人を脅したことのない俺が声にたっぷりと威厳をこめてそう言ったものの、何せ腕がプルプルして重心が定まらない上に、何故か人差し指に力が入らないせいで様になっていない。人に向けてエアーガンの類のものを撃ったことがないのも関係があるが、姿がハルヒということが何より大きいだろう。 「ウフフ、言葉が足りなかったかもね」 麻酔銃を五百円くらいで売っているおもちゃを見るような目でハルヒは見つめた。もうちょっと怖がれよ。 「あたしは‘涼宮ハルヒ’。でもただの‘涼宮ハルヒ’じゃないわ」 「‘涼宮ハルヒ’のみが持っている全宇宙の中で一つだけ存在する能力。それを自在に使えるのがあたしよ」 ハルヒがゆっくりと右手を上げ人差し指を立てた後、勢いよくそれを振りおろした。 一体何やって――――――ぬわっ!? ダイナマイト爆弾が爆発したような音を立て、校舎が破壊されるのと俺が体制を崩したのはほぼ同時だった。窓の外を見れば、神人が元コンピ研があった部室を上から下まで腕を振り下ろし二分割にしていた。散々だなコンピ研も。 「無様な格好してるわね、キョン」 俺を見下ろしながら一人笑う偽ハルヒの笑顔は、やはりハルヒの笑顔とシンクロ率400%だった。 なんとか立ち上がり、また麻酔銃を向ける。 「‥‥‥何をした」 「命令しただけよ」 命令? 「神人にか?」 「‥‥‥‥‥」 偽ハルヒはそれぐらいの答えは言わなくても分かるでしょう? と教師がよくするような笑みをした。窓の外では相変わらず古泉が頑張っているのがチラリと見える。 しかしどういうことだ。神人ってのは、いわばハルヒのストレスの塊なんだろ。それを自由自在に操るとは一体‥‥‥。 「‘涼宮ハルヒ’本人から生まれた存在」 パソコンが踏み潰されているのをお構いなしに偽ハルヒはこちらに向き直し、ニヤッとグレたハルヒのような笑い方をした。 「だからあたしは本物の‘涼宮ハルヒ’なのよ」 涼宮ハルヒから生まれた存在? 何ワケの分からな――――― ‥‥ 「‥‥‥‥‥!」 その時、俺の中の記憶が走馬灯のごとくフラッシュバックした。ハルヒが楽しそうにしおりを作っているところから俺が告白しようとした時までの期間がわずか二秒で頭を駆け巡る感覚。その中に、ハルヒが妙なことを言っていたことがあったはずだ。そう、あれはハルヒが睡眠不足で苦しみながらも寝ずに放課後まで過ごしたあの日だ。俺が朝登校し、珍しくも心配してやった後、あいつは何て言った? ハルヒは俺に何を伝えようとしていた? 『ねぇ‥‥‥キョン。‥‥前に、自分がいかにちっぽけな存在かを話したじゃない?人ってさ、自分の中にさらに他の自分がいるとしたら、人の数なんていうのは、本当はもっと多いのよね‥‥‥そのたくさんある中の1つがさ‥‥‥その人物の人柄と見なされて表に出てくるのよね‥‥‥。でも、せっかく出てこれたその1人も‥‥本当は世界と比べたらちっぽけな存在で‥‥‥』 ‥‥‥‥。 「お前、」 ハルヒは眉だけをクイッと器用上げ、俺の反応を伺った。表情は相変わらずのダークハルヒ。 「もう一つの、ハルヒの人格か」 そう言った途端だ。ハルヒは、いや偽ハルヒは、ようやくにしてニヒルな表情を取っ払い300ワットの笑みを浮かべた。SOS団を立ち上げた時のような、身体全身から表現する喜びの感覚。今、目の前にいる偽ハルヒは完全に本物のハルヒだった。 「その通りよ!」 ‥‥にしてもなんてこった。俺はてっきり、名も知らぬ異能力者が完璧にハルヒに化けたものばかりだと思っていたのに、そのハルヒ本人から生まれたとは。オリジナルでありながらも、オリジナルよりタチが悪いハルヒ。 だがそんなのは関係ない。今この世界を閉鎖空間で丸呑みしようとしているのがこいつには違いないのだから、なんとかして危機を回避しなければならん。それにいくらハルヒ自身とは言え俺にとってのフル迷惑なハルヒはあのハルヒ一人だけで、こっちは偽ハルヒに変わりない。 「あたし自身、最初は気づかなかったわ。どうしてここに生まれてきたのか。何のために存在するのか。後から分かったの。何のために、という意味は無かったけど、いつ生まれたかはね」 ‥‥‥そう。そうよ。あたしのハッピーバースデーは‘涼宮ハルヒ’が夕食を食べながらテレビを見ていたあの時間帯。自由どころか感覚も無かったけれど、意識だけはあった。そんな意識も最初の内はぼんやりにしか働いていなくて、あたしはただただ真っ暗な空間の中で‘涼宮ハルヒ’の声が反響するのを聞いているだけだった。 反響する声の中で一番多かったキーワードが「キョン」。でもこの言葉が出る度にあたし自身も口では表せない楽しさが浮きあがっていた気がするわ。結果論だけどね。 ほの暗い場所で、あたしはただただ膝を抱えて‘涼宮ハルヒ’の会話というラジオを聞くしかなかった。何もしないで一日中ぼけーっとしてるだけ。本当に意味のない存在だったわ。 「でも、ある日を境にあたし自身が変わってきた」 反響する声の中で、‘涼宮ハルヒ’がこう叫んだわ。 『SOS団主催、読者大会を開きます!』 まさにこの日の夜、あたしという存在は確立された。『人格と精神』という本に‘涼宮ハルヒ’が読み始め、あたしの意識が段々と強くなっていったのよ‥‥。 「ってことはなんだ。医学の本をハルヒが読み始めたのは、本当に偶然だったのか?」 「‘涼宮ハルヒ’は多重人格には興味を持っていたけど、特段医学関連の本を読もうとは思っていなかったようね。テレビ番組のような難しい内容を、キョンに読ましたら面白そうだなとは思っていたけどね」 ‘涼宮ハルヒ’自身はくじ引きでどの本に当たろうと良かった。偶然医学の本を引き、たまたま多重人格に関心があったから『人格と精神』を手にした。 ‘涼宮ハルヒ’が『人格と精神』を読めば読むほど、あたしには力が湧いてきた。暗闇から立ち上がって歩くことも出来たし、さらには‘涼宮ハルヒ’が寝ている時に限り身体を借りることが出来たの。その時思ったわ。 ああ、 「この本を読み続ければ、乗っ取ることが出来る」 ってね。 「‥‥‥ハルヒを睡眠不足に追い込んだのはお前か」 「さすがに本人もおかしいと思い始めたわ。起きれば机の前に座って本を読んでるんだし、疲れも全く取れてないんだから」 次第に本を読むのを止めようとした。さすがに不思議事が好きでも、これは不気味だったようね。 でもあたしはそうはさせなかった。ここまで来て、中途半端な意識だけを持って終わりたくはなかった。だから、無理に読ましたわ。キョンならもう分かるんじゃない? 「‥‥‥深層心理を利用したのか」 よく出来ました。あれだけ哲学の本を読んでれば、いくらキョンでも分かるわよね。 ‘涼宮ハルヒ’の意識が及ばないところであたしはひたすら本を読むように命令していた。拒否も出来ずもがきながら本を読む‘涼宮ハルヒ’を見て、さすがにあたしも罰が悪かったわ。でも仕方ないわよね? あたしが生まれた以上、あたしだって身体を動かしたいわよ。 そんなことを無理矢理させていた日の夜、口では言い表せない何かがあたしの中に流れこんできたわ。あたしは戸惑ったし、対処の仕方も分からなかったからなすがままにそれを蓄えたわ。後から分かったけど、これが‘涼宮ハルヒ’の持つ情報爆発能力だったのよね。ありったけのストレスで作られたパワーは、あたしをより確実なものへと成長させた‥‥‥。 「閉鎖空間が発生しなかったのはお前が内側で貯めてからか」 「そうよ」 寝てようが起きてようが本を読まされる。あたしにとって、‘涼宮ハルヒ’を乗っ取るのも時間の問題だったわけよ。 でも、思いもよらない行動を彼女はとったわ。 寝ずに読み始めたのよ。本を自らね。読破する気だったのかしら。読み終わればなんとかなるとでも思っていたのかも。 でもあたし自身、‘涼宮ハルヒ’がこれを読み終わった後どうなるか分からなかった。彼女の多重人格の興味は消えて、別の本に手をつけるかも。そしたらあたしの力はきっと消えていく。あともう少しで身体があたしのものになるのに。 「焦ったわよ。でも、あたしはギリギリ逃げ切った」 「‥‥‥‥‥」 「さすがの‘涼宮ハルヒ’も仲間の前で安心しちゃったのかしら。とうとう疲れに疲れを溜めて、寝たのよ。そしてそんな弱り切った‘涼宮ハルヒ’を多大なるストレスで力を得ていたあたしが乗っ取るのはいとも容易かった‥‥‥‥」 「‥‥‥つまり、お前は、」 ‥‥ハルヒの奴、一人でそんな悩みを抱えてたのか。古泉の野郎、一体何してんだ。いつも通りなわけないじゃないか。朝比奈さんも長門も、どうしてあのハルヒに異常があると察しなかったんだ。なんですぐに集まって対策を練らなかった。 ‥‥‥‥‥、分かってる。一番悪いのは古泉でも、、朝比奈さんでも、長門でもない。一番身近にいながら、様子がおかしいと思いながらも何も出来なかった無力な俺だ。俺の知らないところで皆手を尽くしていたのかもしれない。でも俺は何も出来なかった。しなかった。せいぜい声をかけたぐらいだ。過去の俺を殴り倒してやりたいぜ。最悪だ、本当に。 なんたって、 こいつは、 「俺たちの目の前でハルヒと入れ替わった、ってことか‥‥‥‥!!!」 肯定の返事はなかったが、顔見れば分かる。朝比奈さんが感じた時空震とやらはおそらくこいつが入れ替わった時起こったものだろう。そういやあの日は長門の様子もほんの少しだけ違ったし、何よりもハルヒの様子がおかしかった。あいつの機嫌が良くて俺に礼まで言ったのは、テンションが最高にハイってやつになっていたからか。ハルヒじゃなく、こいつの。 「あたしはいつも‘涼宮ハルヒ’の目と声を通していたからね‥‥誰にどう接して、どういう仕草を取ればいいかも分かっていたわ」 そうかい。完全に騙されてた。お前の演技も主演女優並だな 。 「ということは、今度はハルヒが内側にいるのか?」 「そのことなんだけどねー」 偽ハルヒは喋りすぎて肩でもこったのか、首をゆっくりと回した。右回り、左回りとした後に俺を見て、その後掃除箱の方へ見やる。 「あたし家に帰ったあと、思ったのよ。もしかしたら‘涼宮ハルヒ’が身体を取り返してくるかも、って」 「だから思ったわ。あたしだけの身体があればいいのに、って。そしたら‥‥‥」 偽ハルヒは高々と右手を上げ、指をパチンと鳴らした。一体何をしたのか。俺の左側にある掃除箱がガタンッと音を立てた。中のほうきが倒れたにしては音がでかすぎる。ビクッと身体を仰け反らすと、掃除箱のドアがひとりでに開き‥‥ 「‥‥‥‥‥ハ、」 見知った人物が重力に導かれるまま倒れこんできた。 「ハルヒ!!!」 何故掃除箱から、などという疑問をよそにハルヒは前のめりに床に激突しようとしていた。危ない! 麻酔銃を投げ捨てハルヒをギリギリで抱きかかえる。だが顔から打たなくて良かったと安堵する前に、俺はハルヒの軽さに驚いた。いくら女とはいえ軽すぎだろ。 急いでハルヒを仰向けにし、顔色を確かめる。思っていたほど頬がガリガリと言うわけではなく、少しだけ俺は安堵した。 「ハルヒ。おいハルヒ! 起きろ!」 「‥‥‥‥‥」 肌は健康色。だがその割には反応に生気を感じられない。冗談は止めろマジで。 「‥‥あたしがあたし自身の身体を手に入れた時、不意に分かったの」 「ああ、あたしには‘願望を実現させるチカラ’があるんだ‥‥ってね」 「それで結果ハルヒは二人になったわけか。まるで分身の術だな」 もちろん分身はお前の方だがな、という皮肉を言ってやろうと思ったが、偽ハルヒが手も触れずに俺の麻酔銃を手にした瞬間にそれは喉の奥へと引っ込んだ。強力なサイクロン掃除機を使ったみたいに手の平に吸い込まれやがった。唯一の武器が‥‥‥。 「あたしはこの能力が、一体どこまで出来るのか知りたくなったわ。で、思いついたワケ。キョン、分かるかしら?」 そんなもん俺が知るわけないだろ。 「じゃあ教えてあげるわね! あんたがあたしに告白してくるかどうかを試したのよ!」 ‥‥‥‥なっ‥、 「なんでだ‥‥?」 何故あえてそれにしたんだ。 「んー、なんでかしら。強いて言うならあんたに興味があったから」 俺に興味? 「だって、あんただけ何もないじゃない。宇宙人でも、未来人でも、超能力者でもないし、あたしみたいな万物の創造みたいな能力もない。だけどあんたはSOS団にいて、‘涼宮ハルヒ’と仲が良いわ。日記見てたら分かるもの。‘涼宮ハルヒ’があんたにどれだけ信頼を置いてるのかが」 映画の時にも古泉に言われたな。ハルヒは俺だけは絶対に味方だと信じてる、ってことを。 「だがそれと、お前に俺が告白するのになんの関係がある?」 「‘涼宮ハルヒ’が気に入ってたものは、あたしも欲しくなるに決まってるじゃない」 物扱いかよ。俺は非売品だぞ。 「自分から言うんじゃ、‘涼宮ハルヒ’らしくないからね。だからあんたから言うように、状況を作ったの!」 わざわざご苦労なこった。だから哲学書十冊も読ませようとしたのか。 「放課後あたしみたいな子と二人きり。あとはあたしが願ってさえいればすぐに告白してくるだろうと思ったの」 でもしなかった、と。 「そうよ。あんたがチキンだから告白をしてこなかったわ。まだまだムードが足りないからかしらとその時は思うことにしといたわ」 悪かったなチキンで。 「だから、あたしはあたしとキョンの間に噂が広がればいいのにと願ったの。そしたらキョンもその気になるかなってね」 ‥‥‥残念だったな、俺がチキンの上に超がつくような人間で。 「そうよ! それでもあんたはあたしに告白しなかった。さすがに少しは意識してたみたいだけど」 フフン、と得意気に笑う偽ハルヒの顔を見ていると、俺が抱えているハルヒが偽物であそこで立ってる偽ハルヒが本物に思えてくる。姿が似てるってのも厄介だな。 「あともう一押しって感じだった。だから、あたしは古泉君達に賭けたの」 「それは長門や朝比奈さんを含めてという意味か?」 「そうよ。あんたがあたしに告白せざるをえない状況をあの三人なら作れると思ったの」 『真相が違ったのです』 ‥‥‥‥。 なるほどね。 「だがお前の考えも当てが外れたな。朝比奈さんは途中で気づいたぞ。お前が能力を使えるようになったことをな」 「みくるちゃんがあんたに手紙を渡したのを見た時、まさかとは思ったわ」 見てたのかお前。 「あんたとみくるちゃんが話してた内容まで聞いたわ。みくるちゃんがそのことに気づいちゃうとは思わなかったけれど、それをキョンに話そうとまでするなんてね‥‥‥ひたすら祈ったわ。誰かが邪魔するようにって」 「誰かって、誰‥‥‥」 ‥‥! 谷口か。 「あたしが作り出した‘谷口’だけどね。あんたとみくるちゃんの会話を邪魔するためだけに生まれた」 ‥‥‥こいつの話で大体の真相が見えてきた。つまりこいつは色々なことに能力を使いまくってたというわけか。 見事に遮ることに成功した偽ハルヒは、これ以上邪魔が出ない内に強行手段に出た。それが今日の放課後だ。俺が偽ハルヒに告白までしそうになったことは全て偽ハルヒの計算通りであり、まんまと俺は餌に釣られて釣針を口に含んでしまった魚よろしく、事を進めてしまった。俺が偽ハルヒの肩を掴み、耳を真っ赤にしながら口を開いた瞬間、偽ハルヒを勝利を確信したのだろう。俺は見ず知らずの相手に愛を伝えてしまうところだった。そう、あと少し、ゼロコンマ2秒遅かったら。遅かったらって何が? それはわかるだろう? 「長門に感謝しなくちゃな‥‥‥」 今度集まりで奢る時は、食べきれないほどのパフェを奢ってやるよ。おかわり自由だ。 「本当に‥‥本当にあと少しだった。でもあの宇宙人が邪魔をした」 「長門はSOS団の影のトップなんだよ。途中でお前が別人だと気づいたんだろう」 これまで多くのことで長門に助けられてきた。それなのにあいつは、不平不満言わずにちゃーんと見守っていてくれていたんだ。夏休みの時なんざ、人間ならとっくに死んでてもおかしくないくらいの年月を過ごしてきたんだぜ。 「でもそんなあんたたちの唯一の頼りである有希には制限をかけておいたわ。あたしに害のある行動は行わないようにね。だからこの状況は、もうどうにもならないわよ!!!」 再び耳をつんざくような破壊音が鳴り響き、校舎が振動で震えた。無意識にもハルヒに覆い被さり守ろうとしたのは、男としての性ってやつか? 「ウフフ、キョン。ゲームオーバーよ」 そうニヤリと笑いながら口にし、こちらに歩み寄ってくる。来るなよ。 「あんたがどうやってあたしだけの世界に来たかは知らないけど、あんたにこうして全部話したのも、結果が決まってるからよ」 「一つ聞きたい。この空間はお前が意図的に起こしたものか?」 麻酔銃をこちらに向け、ニコニコという笑みに変えた後 「そうよ」 とだけ偽ハルヒが言った。そんなことまで出来るとはね。 「‘涼宮ハルヒ’の内側にいた頃、自分の中に流れ込んでくるパワーを爆発させてみたくなったのよ。そしたらこんな面白い空間が出来ていたなんてね。古泉君はその処理担当かしら? 日に日にやつれていくのを見てて、とっても面白かった」 姿形はハルヒでも、やはりお前は根本からハルヒと異なるな。カマドウマ以下だ。 「そんな口、聞いていいのかしら?」 「‥‥‥‥っ」 偽ハルヒは俺の眉間に麻酔銃を向け、引き金に指をかけていた。麻酔銃なのだから死ぬことはないだろうが、それでもやはり怖いという感情は隠せない。やばい、冷や汗出てきた。 「キョンなんて、何も出来ない無力な人間じゃない。どう? いっそのこと、あたしと同じような能力を持って一緒にここの空間で生きていく? 半分は上げるわよ」 まるで魔王みたいな取引をしてきやがった。なんだっけ。昔したゲームでは、確かここで『はい』の選択肢を選ぶとゲームオーバーになるんだっけか。 「もし、俺がうなずいたならどうする?」 虚を突かれた表情に一瞬変わったが、すぐに聖母マリアのような微笑みに戻し、 「あんたとなら、二人で生きていくのも悪くないわね」 とだけ言った。 お前、今もの凄く恥ずかしいセリフ吐いたんだぞ。そのこと分かってるのか。 しかし偽ハルヒは恥ずかしがる様子をちっとも見せず、相変わらず麻酔銃を向けたままだった。 「本当に、うなずいたら俺のことを助けてくれるんだな?」 「ちゃんと肯定したらの話よ?」 そうかい。助けてくれるんだな。 本物のハルヒを静かに床に寝かせた後、言ってやった。 「だが断る」 思いっきり偽ハルヒの右手を叩きつけ、麻酔銃を弾け飛ばした。偽ハルヒが不意を突かれている内に、西部劇のワンシーンのように掃除箱の側に落ちた麻酔銃をすぐに拾い上げる。俺が銃口を向ければ、はたかれた右手を見つめる偽ハルヒがそこにいた。なんだこれ。半端ない罪悪感がこみ上げてくる。 「‥‥‥‥悪いな」 本当にそう思ってるから言葉にした。 「だが、俺はまだ本当の世界に未練があるんだ」 「‥‥‥‥‥」 偽ハルヒはただただ右手だけを見ていた。俺が叩いたその手の甲は赤くなっている。 「‥‥‥‥お前に恨みはない。だが、ハルヒのためにもここで眠ってもらう」 俺が引き金を引こうとした時だ。偽ハルヒはボソボソと何か言った。 「‥‥‥‥‥‥」 「え、なん‥‥‥」 俺が言い終わらない内に偽ハルヒはこちらに飛び込み、あろうことか今度は俺の右手を思いっきり蹴飛ばした。よくそんなに足が上がるな、と感心する前に鋭い痛みが右手に走る。 「いっ‥‥‥!!」 たい、という前にまたもや高速で蹴りが腹に入れられる。言葉より先に嗚咽が出た。 「あぐぁっ!!!」 スレンダーな足のくせして破壊力満点の蹴りだ。サッカー選手だってもう少し躊躇するぞ。 俺は偽ハルヒにキックで吹っ飛ばされ、壁に背中を強打した。またその反動でひざを床につけてしまい、腹を抱えながら恐る恐る上を見上げれば、無情にも俺を見下ろす偽ハルヒがそこにはいた。視線の先が俺から、横たわっている本物ハルヒへと移る。 「そんなにこっちの‘ハルヒ’が大事かしら?」 いかん。矛先がハルヒの方に向いている。 おそらく注意をこちらに向けないと、この偽ハルヒはハルヒに攻撃するだろう。女の子を攻撃するなんて男のすることするじゃねえ! っ叫ぼうとしたが、困ったね、こいつ女だった。 というより論点はそこじゃない。こいつがハルヒに攻撃して、本物が起きちまったらどう説明しても後々とりつかない事態になることは明確だ。なんとかしなければ。 「‥‥ふ、はは。なんだよ今の蹴り。それがお前のマックスか?」 腹を猛烈に庇っている男の吐くセリフじゃないな。 「何よ、キョン。もっと蹴られたいのかしら? マゾ?」 でもこっちの偽ハルヒも単純で良かった。 俺はずりずりと壁伝いになんとか立ち上がり、一方で腹を押さえながらもう一方の片手は偽ハルヒへと差し出した。 「‘本物’のハルヒならこんなもんじゃないぞ。一度だけ思いっきり蹴られたことがあるが、あの時はホント、この世に医者がいなかったら死んでたかもしれん痛みだった。にしてお前の蹴りはどうだ。不慣れな格好で蹴ったにしては威力は高かったが、‘本物’なら同じ格好で俺をまた瀕死状態まで追い込むぞ。背丈姿形性格一致で黄色いカチューシャと腕章つければ‘本物’のハルヒになったつもりか? だとしたらお笑いだぜ」 もちろんデタラメだ。だがそこまで言ったところで、偽ハルヒが強烈な回し蹴りを繰り出して、俺はなんとか右手でガードした。相変わらず超ド級クラスの痛みが右手から体全体へと響き渡り、音だけ聞いていれば折れたかもしれんと思えるようなものだった。蹴りの達人かお前は。 「ぐぅっ!!」 「‥‥‥‥どうかしら?」 どうって何がだよ。気持ちいいです、って言えばいいのか? 悪いが言えない。マジで痛い。 だがやめてくださいとは言えん。俺が実はマゾで、本当は気持ちいいのを体験しているからではない。 「‥‥‥むちゃくちゃ痛いさ。でも所詮はそんなもん。痛い程度だ。入院までしない」 逆に蹴りで入院した奴を見てみたい気もするが。 「‥‥‥‘涼宮ハルヒ’はあんたに随分手荒だったようね。日記にも書いてないというのは反省の色も見られないわ。なんでそこまでして‘涼宮ハルヒ’を守るの?」 守る、か。嘘がバレてるなこりゃ。じゃなきゃこんな言葉出ねーよ。そりゃバレるだろう。うん。一応こいつも偽ハルヒだしな。 「‥‥‥お前の知らない世界での話さ。日記にも綴られていないとある空間の出来事で、俺はハルヒと共にそこを脱出した。その時気づいたのさ。出会って二ヶ月だったがな、人間いつどこでそんな感情が芽生えるか分からん。たまたま俺はそれが早かっただけさ」 ハルヒが起きてないことをひたすら祈る。 「その脱出以来、決めた。例えどんなことがあっても、それこそ重傷ものの蹴りを喰らっても、ハルヒと共にまたここに来た時には、絶対に二人で元の世界に戻るってな」 「‥‥‥‥‥」 神人の青光が強くなってきている。とうとう校舎全破壊する気か? だが、その前に。 「‥‥返せよ」 俺は精一杯怒気を効かせて、偽ハルヒに言ってやった。 「その腕章は、」 蹴りを喰らっていない左手を偽ハルヒへと差し出す。 「ハルヒのものだ」 偽ハルヒは右腕にはめてある腕章を見つめた後、不意にニヤッと笑った。 「まだ分からないの?」 顔に集中している間に右足に痛みが走る。ローキックがかまされていた。 痛みに耐えかねて俺は床へと倒れ、ひたすら歯を食いしばりながら右足に手をやった。そして偽ハルヒはゆっくりと上履きのつま先を俺の顎へとくっつけ、蹴ろうと思えば蹴れるのよと言ったような顔をした。 「あたしが本物の涼宮ハルヒよ」 顎にあった足を引き、まるで顎下にサッカーボールがあるかのように思いっきり蹴りを俺に喰らわせようとする。さすがにこれ受けたら脳震盪を起こすに違いない。北高初の蹴りで入院した高校生第一号になってしまう! 偽ハルヒの足が消えるような速さでこちらに向かってきた時、俺は現実逃避するがごとく目を閉じた。 痛みを覚悟した瞬間、また何かが壊れる音を聞いた。とうとう俺の顎が砕けたか? だがそんなことはなかった。物理的破壊の音は確かに聞こえたが、それでも俺に痛みはなかった。何がどうなってるのか。まぶたが暗闇しか写さないので、おそるおそる開けてみると‥‥‥‥ 「‥‥また邪魔するのね」 「‥‥‥‥‥」 いつぞやの光景がフラッシュバックする。あの時もそう。もう駄目だ、と思った時に突然俺の前に現れた。そして必死に守ってくれた。そんな彼女はSOS団の最後の切り札と言ってもいい。 長門は偽ハルヒのつま先を片手で受け止めていた。 「‥‥‥‥‥‥」 ふと隣を見れば壁に穴が開いている。隣のコンピ研の部屋から力ずくで入ってきたらしい。しかしよくここに渡ってこれたな。コンピ研の部屋はもう床も天井もないんだぜ。 「あんたはあたしに攻撃にできないはずよ」 「攻撃は許可が下りていない。しかし彼を守る許可は取り消されていない」 偽ハルヒの足の筋肉はどうなっているのか、ひとっ飛びし一瞬にして団長机前まで下がる。あいつ本当は朝倉の親戚かなんかじゃないのか。 「涼宮ハルヒを連れて遠くへ」 「いや、しかし、」 「大丈夫」 大丈夫、か。今日で二度目だなその言葉。 長門の登場と言葉に安堵する刹那、文芸部の天井が砕け散り、瓦礫が俺たちを襲った。 「あぶねっ!」 我が身を横たわっているハルヒの上に被せ、瓦礫による痛みを覚悟する。‥‥、二秒経過。痛くない。 「早く‥‥」 長門がバリアみたいなものを作り上げ、瓦礫から俺たちの身を守っていた。何から何まですまない。 「やるわね有希。じゃあこれはどうかしら」 「‥‥‥‥」 偽ハルヒがまた何かする気だ。これ以上俺たちがいれば長門に今以上の負担をかけることになる。ハルヒを抱き上げて俺はドアノブを握った。よもや映画以外でハルヒをお姫様だっこすることになるとはな‥‥‥。 「‥‥‥って、」 ガチャガチャとドアノブを捻りながら押したり引いたりを試みる。だがドアはまるで意志を持ったかのように開かない。どういうことだよ‥‥カギはかかってないぞ! 「‥‥‥‥!」 人間には聞き取れない速さの言葉で長門が何かを呟くのが聞こえた。嫌な予感しかしない。 「吹っ飛びなさい!」 長門の半球の形をしているバリアがなければ死んでいた。それぐらい強烈な死が空から降ってきたのだ。 荒々しい轟音を鳴り響かせコンピ研を完膚なきまでに粉砕した、見覚えのある拳が今まさに俺たちを叩きつけようとしていたのだ。障壁がなんとかそれを喰い止め、俺たち三人は事なきを得た。しかしバリアを通じて伝わる衝撃は並々ならぬもので、それは長門の膝がガクンと一段階下がるほどのものでもあった。 「早く‥‥‥‥」 無機質な声なんだが、俺にはわかる。かなり切迫詰まっている長門の声だ。神人のパンチは朝倉の比ではないらしい。 急がなければ。しかしドアは相変わらずボンドを隙間に流し込んだみたいには開かなかった。 舌打ちをしながら一度思い切り蹴ってみる。音だけは威勢がいいが、破れる気配が全くない。 神人は圧力をかけ続けており、またさらに長門の膝がガクンと下がった。それに順じてバリアも小さくなる。長門は何も言わなかったが、相当やばそうだ。なんとかここを突破しなければ長門がもたない。だがドアが以前として開く様子がゼロだ。 焦りだけが心内で広がっていく。 「くそ‥‥‥開けよ!!」 中段蹴りを何度も何度も喰らわせるが、それがどうしたと言わんばかりにドアは立ちふさがる。長門の膝がとうとう床についた。 「キョンったら、無様ね」 偽ハルヒの余裕綽々な声が聞こえた。今どんな格好しているかは分からないが、おそらく団長机の上に座って事の成り行きでもせせら笑いながら傍観しているんだろう。悪趣味め。 「‥‥‥‥‥っ」 まさか長門が来てからよりピンチになろうだなんて誰が思った? 誰も思いやしなかったさ。少なくとも俺は、長門がやられかけてるとこなんて信じられなかったからな。タイマンなら絶対に負けないだろう。だが俺たちを守りながらほとんどの技術が規制されれば話が別だ。条件は長門側がずっと悪くなる。 それでも長門は何とかしようとしている。俺は‥‥俺は、無力だ。‥‥‥ ‥‥ ‥‥‥嘆いている暇はない。ドアが無理なら一つだけ方法がある。バリアを抜け、長門がぶち破ってきた穴から出るのだ。出ても一階の床に落ちるだけだ。ちゃんと足からつけば死なないだろう。 覚悟を決め、ハルヒを抱えたままバリアの外へと飛び出そうとした。 バリアを抜けたまさにその時だ。意固地に開かなかったそのドアが爆発音と吹き飛ばされた。一体なんだと戸惑っている内に、小さな赤い球体が長門の首横を電光石火のスピードで通り偽ハルヒへと飛んでいく。偽ハルヒはそれを目を見張るような瞬発力で避け、床へと突っ伏した。やっぱり団長机に座ってたか。 「こっちです!」 グワシャーンと窓ガラスを盛大に粉々にする音が聞こえたが、それでも奴の声は聞こえた。ナイスタイミングだな。 バリアをくぐり抜けてドアへと走り寄る。案の定そこにはSOS団副団長こと、超能力者古泉がいた。 「朝比奈みくるから事情を聞きました。急いで逃げてください」 「朝比奈さんからだと?」 「詳しい話は彼女から。‥‥長門さん!」 古泉は長門そばまで詰め寄り、対神人に躍り出た。赤い球体を何個か神人の拳にぶつけ、ダメージを与える。宇宙人のバリアにはびくともしなかった神人の手は、まるで腫れ物に触ったかのように手を引っ込めていった。やっぱり古泉の能力は閉鎖空間内では強いんだな。 「キョン君、こっちです!」 ドアの向こう側に朝比奈さんが待機していた。俺は長門と古泉を後にして、ようやく廊下へと出た。 「ハルヒのことを?」 「はい。長門さんが、情報規制が一部緩和されたと言われて話を聞きました」 緩和ね‥‥。偽ハルヒが俺に正体を打ち明けたからか? 「キョン君、行きましょう」 ボロボロに崩れてきている校舎の中を、俺はハルヒを抱えて朝比奈さんの後についていった。 ハルヒがいくら軽いと言っても、お米十キログラム四個分くらいはあるだろう。おまけに体のあちこちが偽ハルヒのせいで痛む。そんなだから、俺は朝比奈さんの同じペースで逃げることが出来るというものだ。むしろ朝比奈さんより遅い。 だがハルヒを出来る限りあの偽ハルヒから遠ざけなければ。もはや朝倉同様、こちらを殺す気にかかってきているのだ。そんな奴のそばにハルヒを置いておけるか。 「キョン君、こっちです」 いたるところが崩れボロボロの校舎の中で朝比奈さんの柔らかいボイスは見事なまでに対になっていた。ちょこちょこと道を先回りして朝比奈さんはナビゲートをしてくれる。何を根拠に道を選んでいるのかは不明だが、とりあえず偽ハルヒからは離れているだろう。それでいい。 「ハルヒを安全な場所に置いた後、俺はもう一度あいつのところへ戻ります。朝比奈さんはハルヒと一緒に‥‥‥」 「ダメです! ケガがひどいんですから、無理をしちゃいけません」 無理というより無謀に近い。行ったところで何の役にも立たないだろう。というより邪魔だろうな。 だがもう一度だけあのハルヒの方に合わなきゃならない気がした。長門と古泉相手に、あの偽ハルヒが大人しく座談会開いて平和解決しようなんて言うとは思えないのだ。 どうにかこうにか、俺と朝比奈さんは東館の端っこまでやってこれた。とりあえず一安心だ。ここならば偽ハルヒも何も出来ない。 「では、朝比奈さん‥‥」 「‥‥‥‥‥」 朝比奈さんは目をショボショボさせてうつむいた。そんな顔されたら行きたくなくなる。ここらで一言 「必ず戻ってきます」 と言うのもいいんだが、なにやらそれが良くない方向へと事を運びそうなので控えておいた。 「無理しちゃ‥‥駄目ですからね」 俺は黙ってうなずき、身体に鞭打って部屋を出た。もう一頑張りしなきゃな。 ‥‥‥‥しかし部屋を出た直後、急遽朝比奈さんの下へ身を翻した。お別れのキスを忘れてたよ、とかそんな御伽噺チックじゃない。窓から差し込む光に、嫌と言うほど見覚えがあるからだ。 「あれ、キョン君‥‥‥?」 「部屋を出てください!!」 ハルヒの両脇を乱暴に掴み、ズルズルと引き摺るようにして部屋の外へと運ぶ。朝比奈さんも続いて部屋を出て、窓の外と俺の態度を見てようやく事態を理解したらしい。池に落とされる時の朝比奈さんでさえ、こんな青ざめた顔色してなかったぞ。色的な意味で。 グワシャッ、と3階と粉砕される音が耳に届いた。まずいまずいまずい。 朝比奈さんは 「きゃああああああ」 といかにもお化け屋敷を駆け巡る少女のような悲鳴を上げ走って行ったが、俺はハルヒを運ばなければならない。もう腕の上に任せる時間はない。悪いがこのまま引き摺るぞ。 一階の天井にとうとうヒビが行き渡り、そして瓦礫の山と共に神人の手の平が降ってきた。懸命に引き摺ったおかげか神人の手とは距離のある位置には俺たちは来ることが出来ていた。だが一度どこか崩れると、連鎖反応のように崩れてしまう天井の破片が俺たちを襲ってくる。ひたすらハルヒに当たらないことを祈りながら全力で逃げる。 なんとか逃げ切り瓦礫の山の一部とならずに済んだ俺は、ハルヒを抱え上げ次はどこに行こうかと思惑した。まさか神人がもう一体出てくるとはな。西館に逃げるのが良いのだが、しかしそれではあっちの方の神人に‥‥。 「キョン君っ!!」 先に行ってしまわれていた朝比奈さんが小走りでこちらで戻ってきていた。無事で良かった。 だが朝比奈さんの背後を見る限り、無事とはほど通そうな状況になっていることに俺は気づいてしまった。 なんと、瓦礫が崩れこちらにまで被害を及ぼそうとしているではないか。ハルヒを抱えて、ちょうど今俺のいる位置と朝比奈さんのいる位置の中間地点にある階段の方へ走り、朝比奈さんにもこちらへ来るよう呼びかけた。岩なだれのように降ってくる天井を見ながら早く早くと俺は心の中で朝比奈さんを急かした。遅いなりにも―――あれが朝比奈さんの全速なんだろう―――ギリギリのとこで角を曲がり切ることに成功し、三者ともなんとか今は無事だということが確認出来た。階段だってもうほとんど瓦礫に成り代わっていたおかげで足元が不安定極まりないのだが、ここにいればひとまず瓦礫に怯えなくても済むというのがありがたい。上を見上げれば見えるは夜空のムコウ。 「‥‥う、運動場に‥‥‥」 もうどこにいようと危険地帯だと思いますよ。 「そ‥ぅ、ですよね‥‥‥」 息は荒いし涙は出るしで、おそらく未来にいた頃よりもよっぽど恐ろしい体験をしているのだろう。周りを見れば神人だらけだしな。 「‥‥‥あのハルヒの方へ戻りましょう」 「でも‥‥‥」 その先の言葉が朝比奈さんの口からは出なかった。俺が同じ立場でも出ない。 こうなったらもう偽ハルヒを羽交い締めしてでも動きを拘束して、偽ハルヒから能力を取り返すしかない。二人より三人。三人より四人だ。 神人に気づかれないよう‥‥‥というよりあいつら目が無いのだが、俺たちの位置分かって攻撃しているのか‥‥‥? まあさておき、再び旧館に戻ることにした。長門と古泉の二人が相手ならば、いくら反則みたいな能力でも多少は苦戦を強いられるだろう。というよりやられておいてくれないと困る。 瓦礫の道はやはり進みにくく、俺はハルヒをおんぶに変更し先を行き始めたのだが、‥‥‥やめときゃ良かった。背負ってから後悔したものだ。集中出来ん。 神人はと言えば東館の校舎をミニチュアハウスをいじる三歳児のごとく乱暴に壊しており、しばらくはこちらに来る様子がない。それはいいことだ。俺たちは無事に旧館へと着いた。 長門達はおそらく二階にいるはずだ。だからハルヒは文芸部の部室真下の部屋に置いておこう。俺としても、これ以上背負っていると罪悪感が膨れ上がりそうだったしな。 「朝比奈さんはここにいてもらえますか?」 「‥‥‥はい」 不安そうな返事をした。ただでさえ落ち着かない心境なのに、ハルヒのことを守らなければならない立場となってしまったからな。俺としても本当は二人で行きたい。しかしハルヒをここに置いてきぼりとなると‥‥‥‥にしても、さっきまで耳をつんざくような音を体験したせいか、こちらがえらい静かに思える。荒々しい戦闘を繰り広げているのではないのか? 背中に冷たいものを感じた。これは何か始まる予兆にしか思えない。 俺は朝比奈さんに背を向け、開けっ放しにしておいたドアへと進んでいった。がすぐに足を止めた。 さっきは行く途中で取り止めとなったが、今度は行く前に取り止めとなった。何故かって? ご丁寧にもあちらから来てくれたからな。 ドアがひとりでに閉まったかと思えば、誰かが暗闇の中からこちらに歩いてくる。長門なら忍者のように音もなく歩くはずだし、古泉ならばまず声をかけてくるだろう。となれば一人しかいない。 「お前か」 背後の窓からまた盛大に青い閃光が広がり、そいつの姿を映し出した。やっぱりね。 「長門や古泉をどうした」 「さあ? 帰ったんじゃない?」 まるで放課後の会話みたいな口調で偽ハルヒは答えた。朝比奈さんは 「あわわわわわ」 と小声だが、驚いているようだった。偽ハルヒとしてこのハルヒを見るのは初めてのようだ。 「有希が言ってたわ。そっちの涼宮ハルヒがいれば、あたしから能力を奪ってこの閉鎖空間を消すことが出来るって」 「そうかい。そりゃ良かった」 でも偽ハルヒから能力を取って本物のハルヒにかえすなんてこと、長門以外出来ないぞ。そもそも長門もそんなこと出来るのかどうか知らないんだが、今は信じるしかない。でもハルヒの能力を一時的にしろ場所移動が出来るということは、長門ならその力を応用して自分の思い通りに世界を造り変え‥‥‥何を馬鹿なこと言ってんだ。長門がそんなことするわけないだろ。 ともかく、長門達が来るまで時間稼ぎをしなければ。神人をそばで待機させているだけなのを見ると、すぐに攻撃をしてくるなんてのはなさそうだ。 ハルヒとその傍に寄り添っている朝比奈さんを庇うように、一歩前に進み出る。ということは偽ハルヒに少し近づいたことになるのだが、そのハルヒにはこっちのハルヒみたいに服に汚れやほこりが被さっているなんてことはなく、本当に長門と古泉を相手にしていたのか疑問せざるをえないほどいつも通りのハルヒの格好だった。髪に手を絡め、なびかせるように手を払う。ああ、ハルヒもよくそんな仕草してたな。 「‥‥‥あんた達に希望はないわよ」 そして第一声にこれだ。そんなのまだ分からないだろ。 「分かるわよ。あと数分もすれば、完全に世界は入れ替わる。こっちが本物になってあっちが偽物になるのよ。そしたら神人はこちらから消え、あちらの世界で破壊し尽くすからよ。古泉君も能力を失うし、有希もあたしを見守ることになるわ」 「どうしてこっちの世界にこだわる。お前は本当の世界を壊して、それで何になるっていうんだ。これ以上思い通りになる世界が欲しいっていうのかよ」 「‥‥‥‥」 買ってもらったばかりのおもちゃを壊されてしまったかのような顔をした後、偽ハルヒはボソッと、朝比奈さんまでには届かない声量で何かを言った。 「‥‥本物がいいの」 「‥‥‥‥」 そんな切なげに言われたら、どう返せばいいんだ。というよりもお前、自分で「本物」を連呼してたじゃねーか。 「あたしは本物だったわ。あんたに正体がばれる前まではね」 「‥‥‥俺が否定したからか?」 「そうよ」 そうなのかよ。 「だからあたしは本物となる。現実と閉鎖空間が入れ替われば、あたしが確実な本物となるはずよ。‘涼宮ハルヒ’はあたしとなって、’涼宮ハルヒ`が涼宮ハルヒとなるの」 「ワケ分からないこと言うな。ハルヒはハルヒでお前はお前だ。違うか?」 「違うわ。キョンは何も分かってないわよ」 さっぱり理解出来ない俺をよそに、朝比奈さんの方は 「涼宮さん‥‥」 とポツリと呟いていた。何が何だか‥‥‥。 「どっちにしろ、もう時間がない。お前にはハルヒに能力を返してもらうぞ」 「‥‥‥フン。キョンに何が出来るって言うのよ。有希がいなくちゃ何も出来ないじゃない。頼りきりのあんたがあたしに勝てるの?」 ‥‥‥‥。 「ほら、反論出来ないでしょ? 大人しくあたし側についたら?」 偽ハルヒの言うとおり、俺は反論出来なかった。長門がいなければ朝倉にナイフでメッタ刺しに殺されていただろう。古泉がいなければ閉鎖空間なんぞ知らないで焦りまくった挙げ句神人に踏み潰されてたかもしれん。朝比奈さんがいなければ、ハルヒの能力が目覚めるきっかけとなったあの時代までワープすることも出来ず、今居るSOS団の面子とも顔を合わせることすらなかったに違いない。三者三様、俺に協力をしてくれていたのだ。長門のおかげで面白い小説が読める。古泉のおかげで心置きなくゲームに勝つことが出来る。朝比奈さんのおかげでお茶の旨さを知った。 他の皆が俺を支援している理由なんて探せば山ほどある。どの一部がかけても俺は一人で道を進めないだろう。破天荒な団長にツッコミが出来ないというもんだ。 お前の言うとおり、俺はたいした能力を持たない無力な弱っちい人間だよ。 ‥‥‥でも俺は無敵だ。 窓ガラスが割れる音がして、二人分の着地音が聞こえた。朝比奈さんは「ひっ」と驚いたようだが、俺は振り向かずとも誰かは分かっていたから特段びびることもなかった。ゲームが弱い超能力者と万能宇宙人以外誰がいる? 「解析に時間がかかった」 長門の無機質な声が淡々とそう告げた。振り向いてやると二人とも埃まみれだ。切り傷や刺し傷がなさそうで良かったぜ。 「何が無敵よ」 偽ハルヒが嘲笑交えてそう言った。 「結局誰かの頼りになるんじゃない」 「そうだよ」 おくびれもせず開きなおる。俺もタチが悪くなったもんだ。 「俺には残念だが、宇宙人と互角に渡り合うほどの力はない。巨人と戦うダビデのような勇気も、タイムトラベル出来るほどの知恵もない。だがどうだ。そんな何も持たない俺の周りに、そんなすげー奴らが集まってるんだぜ。一人いりゃ充分なくらいなのに、三人揃っているんだぞ? そんな皆に支えられて、そして何よりも、」 一呼吸おき、目を閉じて寝そべっているハルヒの方を見る。 「ハルヒまでいるんだ。これが無敵とは言えずにいられるか?」 言えないだろう? 「‥‥‥なによ、皆そっちの涼宮ハルヒばかり気にして‥‥‥」 頼んでおいた仕事に失敗した部下を怒鳴りつける前のような上司ばりの不愉快さを露わにして、偽ハルヒは叫んだ。 「一体そっちの何がいいのよ!」 「有希、あんたにとって観察対象は涼宮ハルヒではなく、進化の可能性を秘めている能力を持った者じゃないの? 古泉君。神と崇める対象は一般の女子高生ではなく、世界を創造する能力を持ったものでしょ? みくるちゃん。時空のズレを発生させたそもそもの原因は、涼宮ハルヒの持つ情報爆発の能力じゃないの?」 三人とも押し黙り、何も答えれずにいた。宇宙人の派や機関、未来人の組織の中には、こっちの涼宮ハルヒを観察対象とするよう言っている奴もいるかもしれない。 「そっちのハルヒは忘れて、あたしの世界に来なさいよ。何もかも望み通りにしてあげる。有希が望むなら人間に、古泉君が望むなら超能力を消してもいいわ。みくるちゃんも、この時代に留まらせてあげる。だからあたしの世界に来なさい」 ‥‥三人は相変わらず沈黙をし、ただただ偽ハルヒを見つめていた。そりゃそうだ。あっち側に行く奴がいたら殴ってたところだ。 「何でよ‥‥‥」 歯車が歪み、思い通りに動かないおもちゃにイラつく子供のように叫んだ。 「どうしてなのよ!」 崩れ散る校舎でさえ響く偽ハルヒの声。外にいる神人も段々と透明になり始めてきていた。 ‥‥‥どうして、か。 そりゃな、お前。勘違いしてるぜ。 長門も古泉も朝比奈さんも、宇宙人、超能力者、未来人であってのSOS団じゃない。SOS団内の宇宙人、超能力者、未来人なんだ。そこの順序が大事なんだよ。 「そっちのハルヒにはもう何も残ってないじゃない‥‥‥」 偽ハルヒの目は、少しだけだが潤んでいた。 「どうしてあんた達は、そのハルヒを守るのよ!?」 ‥‥‥‥‥‥、いつだってそうだ。 ハルヒが何か思いつけば、誰もがそれに従ってしまう。古泉はただニコニコと笑ってるだけだし、長門は本を読んで我関せずだ。朝比奈さんはオロオロして、賛成が二で棄権が二だ。ここで誰が何と言おうとハルヒの催しは通ってしまい、いらぬ苦労を俺たちが抱え込んでしまう。そんな未来が待っているのを分かっていながらも、このまま好き勝手させては今後ハルヒはもっとトンでもないことをしでかすかもしれない危険性があるので、一応反論しておくのだ。そう、主に俺が。 今もそうだ。偽物とはいえハルヒはハルヒ。そんなハルヒの言葉に反応出来るのは、この三人ではないのだ。だから、言ってやった。 「団長を守るのに、理由がいるか?」 ハルヒ。目を開けて、周りをよく見てみな。 お前があんなに会いたがっていた宇宙人と未来人、超能力者がお前のために集まってきてくれたぜ。どうしてか分かるか? みんなお前のことが好きだからだよ。 「‥‥‥ふ、フフフ‥‥‥キョンったら‥‥」 偽ハルヒは人を小馬鹿にするような笑い、そして天井を見上げた。真上はSOS団の部屋だ。 「あんた達がどうしてもそっちのハルヒにつくって言うのなら、もう構わないわ。でも世界が入れ変わるまで一分弱‥‥‥今更何しても無駄よ」 な、残り一分弱だと。もうそんだけしかないのかよ!? 偽ハルヒがこちらに背を向け、教室から出ていこうとする。逃すものか。 だが俺が追いかけようとした瞬間に、真上の天井が亀裂が入った。まさか、と思う寸前で誰かに襟首を捕まれ引っ張られた。尻からこけ、 「いってーな!」 と思わず条件反射で文句を言ってしまったが、崩れさる天井の騒音でその声はかき消された。襟首を引っぱったのは長門か。じゃあ理不尽な文句が聞こえてるなこりゃ。Ⅴ 安全だと思われていたSOS団の床はとうとう抜け、俺たちと偽ハルヒの間に瓦礫の山を作ってしまった。上では神人が完全に校舎を破壊しており、その瓦礫の破片も容赦なく降り注いでくる。どうすんだおい。 「古泉!」 古泉の赤い球に期待するしかない。あれで急いでこの瓦礫の山をぶっ飛ばし道を作らないと、時間が! 「ダメです‥‥!」 右手を見てみれば、ピンポン球のよあな小さな赤い球しか浮いていない。もっとでかいの作れないのか。 「能力が‥‥失われつつあります。こちらが現実に変わろうとしているんです!」 そんな‥‥じゃあマジでヤバいじゃないか。どうすんだよ!? そんな非力な三人をよそに、長門は瓦礫にかけより、なんと瓦礫の破片を一つずつどかし始めた。まるでマシュマロでも掴んでるように素早く脇へと捨てていくが、しかしいくら長門とはいえこのスピードでは遅すぎる。もう30秒もないはずだ。その間にここをくぐり抜けて偽ハルヒを捕まえ、能力をハルヒに返すなんて無茶だ。不可能としか言いようがない。 「‥‥‥‥‥‥」 ‥‥‥何、諦めてんだ俺。 ザクザクとモグラのように瓦礫の山を掘り進んでいく長門を見て、そう思った。俺たちが守らなきゃならない世界を、どうして俺たちがこうも簡単に諦めて、代わりに宇宙人が頑張って守ろうとしているんだ。本当に頑張らなきゃならないのは俺たちの方じゃないか。 ‥‥‥諦めるものか。まだ、時間がある。もしないとしても、そう、時間を作ればいいのだ。 「朝比奈さん!!」 ハルヒのそばで涙目でオロオロしている朝比奈さんのもとへ駆け寄った。長門が時間内に掘り進めることを今は信じるしかない。 「五分前です!!」 「え、あ、ちょっと待っ‥‥」 待てない。時間がないんだ。 朝比奈さんの右手首をギュッと握った。まずい。窓から見える神人の姿が消えようとしている。 「朝比奈さん!!」 「申請がと、通りました。キョン君、目を閉じてくださ――――」 言われる前に目を閉じた。そしてすぐさまジェットコースターに乗ったかのような重力無視の感覚が四方八方から襲う。耐えろ、俺。耐えるんだ。 ‥‥‥キョンなら分かってくれると思ってた。有希や古泉くん、みくるちゃんが分かってくれなくてもキョンだけは分かってくれると思っていた。何故? これは私自身が‘涼宮ハルヒ’だから? それとも、私は私という、‘涼宮ハルヒ’に見目姿似ただけの別個体だからかしら? 分からない。‥‥分からない。 分かるのはもう彼らにはなすすべがなく、あたしは創造し終わった世界をどうしていくかを考えなければならないということだけ。やることは膨大にあるわ。とりあえずはコンビニね。コンビニ創ってご飯買って腹ごしらえしないと。そしてそのあとに校舎の創り直し。こんな校舎じゃ皆びっくりするわ。あ、あっちの世界にいるみんなをこっちに創らなきゃ。そして違和感ないようにいつも通りの日常を過ごしていた記憶を創りあげないと。そして、そして‥‥‥‥。 ‥‥‥‥‥‥、 考えれば考えるほど空しくなってきた。あたしは何がしたかったの。どうしてあたしは生まれたの。あたしは‥‥私は‥‥‥ この世界で何を望むの‥‥? ‥‥‥何発式なのかは分からない。だが撃つチャンスは一度しかない。時間的にも、相手がハルヒということも含めてだ。だから俺は、教室の扉を偽ハルヒが閉めた瞬間、すぐさま目の前に踊り出た。 「っ‥‥‥キ、キョン!?」 『ためらわずに』 カチッと、引き金を引いた音がした。銃弾が出たわけでも、針が出たわけでもなかった。本当に出たかどうかさえも分からない。だが目の前のハルヒの様子を見る限り何かは当たったようだ。 「‥‥‥っ!」 おでこを抑え、扉にもたれかかり、どんどん力が抜けていくかのように膝が床についた。ガクリと左手の手のひらを床につき、苦しそうに俺を見上げた。ズキンと胸が痛くなる。 偽ハルヒは‥‥‥ハルヒは、泣いていた。 「‥‥‥悪いな、ハルヒ」 朝比奈さんは急いでもう一人のハルヒの方に近づき、うなだれるハルヒを揺さぶっていた。死にそうな目に合わされた相手だと言うのに、朝比奈さんは一緒に泣いていた。ハルヒはわずかに頬に涙が流れる程度だったが、朝比奈さんはわんわんと泣いている。ハルヒのこんな表情見てしまったら、もし一人だったなら俺だって朝比奈さんのように泣いていたかもしれない。目頭が熱い。 「‥‥‥やっと、」 最後の力を振り絞ったかのような声だった。ハルヒのまぶたはもう閉じようとされている。‥‥まるで、‥‥永遠の眠りにつくかのように。 「‥‥‥ハルヒって、呼んでくれた‥‥」 ‥‥‥物理的な力を失い、廊下に完全にハルヒは倒れた。麻酔銃の効果だ。眠ったらしい。 眠っただけなのだ。何も死んだわけじゃない。死んだんじゃないんだ。 ‥‥‥なのに。 こんなにも涙が出るのはなんでなんだ。 ハルヒと呼んでやっただけで、どうしてそんなに満足そうな顔出来るんだ。お前は‥‥これから、いなくなってしまうのに。 ハルヒ、どうしてお前は‥‥‥‥‥‥。 バンッと誰かが教室のドアを押し倒してくる。とっさにハルヒを引きずり、下敷きになるのだけは免れさせた。誰だ一体‥‥‥と、そんなことするのは、今この状況には一人しかいないか。 長門だ。 「涼宮ハルヒに能力を返す時間はない。したがって一度私が世界を改変する」 「ま、待て長門。急にそんなこ‥‥」 そんな俺の言葉を全く聞きもせず長門はハルヒに手をかざした。能力なんてそう簡単に取ったり取られたりするもんなのか? 俺がハルヒの持つ能力とやらをどういう形をしているのか確認しようとした途端、朝比奈さんの切迫詰まった声が聞こえた。 「強力な時空震がきます。キョン君、目を閉じて!」 ほんの少しだけでいい。あのハルヒが保持していたものが見たい。 だが長門の手の周りがぼんやりとした瞬間、とてもじゃないが目を開けてはいられなかった。頭がグラリグラリと重力を完全に無視し引っ張られ、鋭い痛みがあちこちに走る。気持ち悪くなってきた。頭を両手で押さえ、今自分がどんな体制でどこにいるのかさえも見当もつかないまま俺はひたすら歯を食いしばった。 まずい‥‥‥ 意識が‥‥ ‥‥‥‥。 『‥‥‥キョン』 →涼宮ハルヒの分身 エピローグへ
https://w.atwiki.jp/yuriharuhi/pages/29.html
110 名無しさん@秘密の花園 2006/06/23(金) 22 51 19 ID YMGUBB7I 谷口→国木田 ↓ キョン⇔古泉←執事 ↑ 生徒会長 きみどり ↓ 長門←朝倉涼子 ↑ ハルヒ→みっくるんるん←メイド ↑ ↑ ENOZ 鶴屋さん 111 名無しさん@秘密の花園 2006/06/24(土) 01 52 16 ID 6GUHph/H メイド×みくるか その発想はなかったわ 112 名無しさん@秘密の花園 2006/06/24(土) 17 39 18 ID yAz46E8x 110 阪中さんと誘拐犯の少女も足しといてくれ。 あと上のはイラネ。 113 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 12 48 53 ID HndEAAO1 こうだろ きみどり ↓ 朝倉涼子→長門―─┐ 誘拐犯の少女─┐ ↑ ↓ ↓ ↓ 阪中さん→ハルヒ→みっくるんるん←森さん ↑ ↑ ENOZ 鶴屋さん 114 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 12 50 19 ID HndEAAO1 やべw 115 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 18 06 50 ID jJc1a469 ┌―――→ きみどり ↓ ↓ 朝倉涼子→長門←─キョン妹┌―─―誘拐犯の少女 ↑ │└─┐ │ │ ↑ ↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ │ │ 阪中さん→ハルヒ→みっくるんるん←森さん │ ↓ ↑ ↑ │ 樋口さん ENOZ 鶴屋さん←大みくる―─┘ よし、とりあえず乱交パーティーだ。 116 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 23 55 15 ID WyRl0MYk 最終的に矢印がほとんどみくるにいってるな。 117 名無しさん@秘密の花園 2006/06/26(月) 02 40 39 ID ZSKK7e// なんで阪中さんと朝倉が両思いなんだよw 118 名無しさん@秘密の花園 2006/06/26(月) 04 40 33 ID 7ZHYab5L 矢印って「受け攻め」の意味じゃないのか?
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1020.html
涼宮ハルヒの終焉 プロローグ 学年末の幽霊騒動も終了し、なんとか留年を避けた俺は新たな2つの懸案事項を抱えていた。 昨日まで冬休みだったのだが結局ハルヒに振り回されすぐに終わっていた。 なぜか俺の目にはハルヒが無理しているように見えた、今度古泉にでも聞いてみようと思う、きっと気のせいだと思うが…。 俺が抱えている懸案事項とはそのことではない。 1つは今日は始業式だ。そして昨日は入学式だったのである。 ということはSOS団に新入部員が入るかもしれないということなのである。 まあどうせ傍から見たらただのアホな団体にしか見えんだろうから誰も入らんと思うが… しかしハルヒのことである、どうせ1年生全員をSOS団にいれるわよとか言い出すかもしれない。 1年前の春のようにバニーガールでビラを撒き始めるかもしれない。 また朝比奈さんのバニーガール姿が見れるということはうれしいのだが、 入学して早々美人二人がバニーガール姿で入団をしろと言ってくるんだ、 断る理由はどこにも無い、何か変な勘違いをして1年生男子全員が入団してきても何もおかしくは無い。 ハルヒは喜ぶだろうが、ハルヒを除く4人の団員は迷惑するに決まっている。 ハルヒがそんなことを言い出したら確実に阻止せねば。 そして2つ目始業式といえばクラス変えだ、 俺はきっとハルヒに望まれ同じクラスになるんだろうが…、また面倒なことになるんだろうと思う。 ここで思い出して欲しいのだが俺には中学からの友達と1年のとき同じクラスだった奴等と長門と古泉ぐらいしかまともな知り合いはいない。 そしてハルヒのとんでもない行動のせいで中学からの友達からはまるで山から下りてきた雪男を見るような目で見られている。 当然全然知らないやつらからもそんな目で見られているのだ。 もしハルヒと全然知らないようなやつしかいないクラスになってしまえばもう暗い2年生を送るしかあるまい。 せめて谷口や国木田も同じクラスになるようにしてくれないか?ハルヒ などと考えつつ俺は教室のドアを開けた。 第一章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4421.html
SOS団お天気シリーズ 国木田の・・・ 涼宮ハルヒのストリートファイター 梅雨空に舞う雪 本名不詳な彼ら in 甘味処 沈黙の日 国木田の憂鬱 原付免許 クロトス星域会戦記(銀河英雄伝説クロスオーバー) 分裂、或いはSのモノドラマ(佐々木×キョン) セーラー服とメイドさん ユ・ビ・レ・ス Missing you関連 涼宮ハルヒの奇妙な冒険 ドラえもんとハルヒの鏡面世界(仮) (ハルヒ×ドラえもん) Macross Cross (MacrossF x 涼宮ハルヒ) 宇宙人は情報羊の夢を見るか? プロローグ ピノキオ 月の微笑シリーズ(佐々木×キョン) ランキング by.キョン(佐々木視点、オール物) お隣さんはすごいヒト 空と君とのあいだには 消失異聞 切り札と悪魔 谷口のTOT団 涼宮ハルヒの誰時 朝倉ルート 雷の夜のこと Live A Cat~シャミセンさんシリーズ~ 台風一過のハレの日に 橘京子の暴走 橘京子の驚愕 もう一人の秘された神 (きれいな)朝倉さんと(かわいそうな)古泉君 やさしい嘘 鶴屋さんの隷属 そしてイブはりんごを齧るのシリーズ 平行世界軸交差装置 橘京子の消失 異邦人 涼宮ハルキの熱血 朝倉涼子の軌跡 秘めてた想い 絶望オカベ 始めて君のパンツを見た (岡島瑞樹) 母 彼女 SOS団のなぞなぞ 家庭教師ヒットマンREBORN! VS 涼宮ハルヒの憂鬱(Cross Over Remix Version) 出し物決め 憂鬱にいたるまでの物語 永遠と一瞬 ゼロと無限大 橘京子の動揺 レシピ 甘甘 森さんと古泉の話 その他作品一覧 カボチャと紅茶と若布の甘さ コントロールの概念とその新機軸 機械知性体たちの狂騒曲 機械知性体たちの即興曲 涼宮ハルヒ― あるファンの日記 (オリキャラ) 反英雄(オリキャラ主人公・ハードでダークな消失世界・死ネタ有) 橘京子の憂鬱 気のおけない友達 Goddess Knows... 災厄の胎動(オリキャラ主人公・ハードでダークなハルヒ世界・死ネタ・メタネタ・パロネタ有り) ぽるのではるひ! 北から来た悪魔(オリキャラ) 橘京子の―― 涼宮ハルヒの三つ巴 反転世界の運命恋歌(性転換) 涼宮ハルヒの救済 ~Moonlight of the summer~ 涼宮ハルヒの異界(オリキャラ) 佐々木「憂鬱だ」キョン「佐々木でも憂鬱になることがあるんだな」 佐々木「ん?素直になる薬?」 涼宮ハルヒの遡及(オリキャラ) 涼宮ハルヒのお願い!ランキング
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6535.html
涼宮ハルヒの遡及ⅩⅡ どれだけの時間が経過しただろうか。 しかし、俺たちはボロボロになりながらも踏ん張り続けた。 「艦首超必殺撃滅砲発射!」 ハルヒが手を翳し、この砲撃だけは俺から撃たなきゃならない。 深遠なる闇を一閃の光が走る! 長門とアクリルさんが放つスターダストエクスプロージョン以上の威力が怪鳥群を殲滅し、しかし数が数であるし、しかも前の第一波と違い、今度はひっきりなしに増えてくる! さらには艦首超必殺撃滅砲はエネルギー充電砲撃だけあって連射が効かず、また他の武器も一時使用不能となるという欠点がある。 じゃあなぜ使わなきゃいけなかったかというと、完全に俺たちが取り囲まれたからだ。 もちろん、相手も艦首超必殺撃滅砲の後は戦艦が単なる鉄の棺桶と化すことを知っている。こっちの戦艦のダメージはほとんどその時に受けるものだ。 もっとも! 『グレイトフルサンライズフェニックス!』 遠距離怪光線攻撃ならともかく、その瞬間に肉弾で突っ込んでこようものなら長門とアクリルさんの餌食だ! 俺たちの前に飛び出してきた二人の放つ光の不死鳥の羽ばたきが、怪鳥をなぎ倒していく! しばし戦場が硬直。 「キョン、大丈夫……?」 「もちろんに決まってんだろ……」 「ふふ……そうね。でも、これが蒼葉さんの気持ちだったんだろうね……」 「ああ、なんとなくわかるさ。たった一人で戦うことがどれだけ辛かったか……」 おっと、俺たちが戦艦の中にいるんだからダメージはないだろう、などと思ったならちょっと甘いな。 先にも言ったが怪鳥は口から妙な飛び道具を撃ってくる上に数が半端なく多いんだ。 その衝撃が、当たり所が悪ければ、当然、かなり戦艦を揺らす訳で、何度か俺たちはバランスを崩し、椅子やパネルに叩きつけられたこともあった。それが幾度となく続けば当然、肉体へのダメージとなる訳で、もっともそんなことはどうでもいいんだがな。 この痛みを味あわないことには蒼葉さんに顔向けできないのは勿論、長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんとだって顔を合わせられん。 しかし、その硬直は一瞬、再び、怪鳥たちは四方八方から突撃を開始する! 「けど負けてらんないわよ!」 「だな!」 ハルヒと俺が吠えて再び迎撃を開始する! 機体はすでにあちこちから煙が上がり、きしむ音がまるで戦艦の苦痛の声のように聞こえるが、何、心配するな。逝くときは一緒だぜ! 「馬鹿言ってんじゃないわよ!」 「ハルヒ?」 「キョン! あたしはこんなところで死ぬ気なんてさらさらないんだからね! みんなで一緒に元の世界に戻るんだから! 負けるとか死ぬとかなんてまったく考えていないわ!」 ハルヒがいつの間に、俺に近づいてきていたのか、胸倉をつかみ俺を引きよせ、大きな漆黒の瞳にマジで怒気を孕ませて睨んでくる。 「いい? この戦艦は不沈艦よ! だって、あたしのものなんだから! んで、この船があたしたちを元の世界へと連れてってくれるの! だから沈むなんて表現、絶対に許さないわよ!」 ハルヒ…… 俺は一瞬、慄き、ハルヒを茫然と眺めたが―― 「だよな」 再び呟く俺のセリフにも力がこもっていた。 「お前の言う通りだ。俺たちはこんなところでくたばる訳にはいかんよな。なんせ元の世界でやり残したことがたくさんあるし、まだまだやりたいことがたくさんある」 「その通りよ!」 言い合って、俺たちは再び配置につく。 そして―― 『来ました! あたしの中ではちきれないばかりの何かを感じます!』 外部スピーカが拾ったのは朝比奈さんの声だ。 「ん! なら、みくるちゃん! 解っているわよね!」 『はい! ありがとうございます、みなさん!』 ハルヒの歓喜の声に、朝比奈さんが声を張り上げて、これまた歓喜されておられます! 『はぁ~~~』 外部モニターを怪鳥から朝比奈さんへと切り替える。そこでは、朝比奈さんが気合を入れ直して、しかもツイテンテールが揺らめき立っている。 ひょっとして、古泉の赤球がなければ、何か原色オーラでも立ち上っているのではなかろうか。 『ミクルミサァァァァァァァァァァイルっ!』 朝比奈さんが眼下に向けて両拳を突き出すと、確かに胸から猛スピードの閃光が放たれた! 光が大地の闇に飲まれるように消えてゆき、一瞬の静寂。 まさか失敗したのか―― などと考えようとした直前! 大地の闇から一気に光が放たれ、そしてその光が一気に放射された! と、同時に光が一瞬で世界を覆い、怪鳥の全てが飲み込まれ、俺たちの乗る戦艦も飲み込まれ、長門が、朝比奈さんが、その姿を北高セーラー服へと変化させられる! 風景が全てを震わせながら、あたかも突然大地が切り裂かれそこに全てが沈み込んでいくかのような地鳴りと轟音が響き、崩れていく! 俺はハルヒの手を取り抱きかかえるような形で、しかし、落下しない!? そうだ! そのまま宙に漂っている、そんな感じだ! 「やった……」 「ああ……」 俺の胸の中で茫然声を漏らしたハルヒに俺が同調すると、 「あたしたちの――勝ちよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 ハルヒがガッツポーズで勝利の雄叫びをあげたのである。 勝利の余韻に浸ることしばし。 気が付けば、長門が朝比奈さんが古泉が俺たちを囲んでいた。 「どうやら、これで終わりのようですね」 「そう。わたしたちの勝利」 「本当にありがとうございます。みなさんのおかげで今回はあたしも役に立てました」 「違うわよ、みくるちゃん。今回はあたしたちSOS団がみんな頑張ったから。みんながみんなにお礼を言うべきなのよ」 「だよな」 などと俺たちは談笑を交わしている。 世界の崩壊と供に、俺たちは元の世界に戻れることが解っている。 もっとも、この記憶は失くしたくないもんだ。なんたって本当の意味で俺たちは一つになったことを実感したわけだからな。 しかし、勝利の余韻と充実感を吹き飛ばすセリフが聞こえたのはこの時だった。 「突然だけどお別れの時がきたみたい」 え? 「さくら……さん?」 ただ一人、SOS団とは無関係のアクリルさんが切り出してきて、俺とハルヒが茫然とした声を漏らすが、彼女はどこか寂しげな、しかし吹っ切った笑顔を俺たちに向けていた。 「この世界が崩壊するということは、あたしたちは帰巣本能によって、それぞれの世界に強制的に帰されることになるの。これはどうしようもない決まり。だから、これであたしとはお別れ」 ――!! 「嘘……でしょ……?」 ハルヒが愕然とつぶやき、 「残念だけど本当」 アクリルさんはなんとも子供を宥める母親のような笑顔を向けていた。 ……まさか、あなたはそれを知っていたんじゃ……! もちろん、俺の声も震えている。 「だとしたら?」 今度はなんとも不敵な笑顔を浮かべてくれた。 が、 「なんてね。そんな訳ないでしょ。この世界に来ちゃったのはただの偶然。だいたい、明日も一緒に遊ぶ約束してたのに、わざわざ約束を破ってしまうような真似なんてするわけないじゃない。あなたたちに対しては、ね」 今度は茶目っ気な笑顔を向けてくれる。が、しかし、再び即座に神妙な笑顔になって、 「キョンくん、あたしが何のためにあなたたちの世界に来たかは言ったわよね?」 「ええ……それは、俺の前にこの世界に戻してもらった時の魔法で背負ってしまった後遺症を是正するために……って、ことで……」 「その通りよ。それを今から敢行するわ。幸い、何もしなくても、みんな、この空間から脱出すれば、今までのことは夢だと思ってしまうはずだから。だけどね、それをより確実なものにさせてもらう」 どういう意味……? 「夢は目が醒めたらほぼ記憶から消えてしまうもの。どんなに留めようと思っても、手のひらからこぼれる水のように塞き止めることはできない。そして、キョンくんの召喚術の後遺症はあたしに、ううん、あたしや蒼葉、そして向こうの世界に関するすべての記憶を消すことによって達成される。なぜなら召喚術の後遺症は記憶が媒体になっているから。ならその記憶を失くするしか、是正される方法はない」 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?! 「しかも都合がいいことに、今、この場に、あたしたちと関わった全員がそろっている。労せずして、みんなの記憶も一緒に抹消させることができる」 「んな!」「――っ!」「えっ!?」「……!」 もちろん、ハルヒ、古泉、朝比奈さんは驚きの声をあげ、長門もまた、漆黒の瞳を普段より二回りは大きく見開いている。 「楽しかったわよ。この世界の一日はね。でも夢の宴もこれでおしまい」 アクリルさんが左手の人差し指を天に向け、崩壊最中の世界の瓦礫がゆったりと空間を漂っている中、 「あたしがあなたたちの世界で魔法を披露したことを不思議に思わなかった? 正直言ってパニックを引き起こすことは想像出来てたわよ。なんせあたしが振るう力は未知の力だったことは前にあたしたちの世界に迷い込んだキョンくんの態度を見ていたから知ってたしね。でも、それは最初から記憶を消すつもりでいたから気を使わなかっただけよ」 ま、待ってくれ! さくらさん! 俺は、いや俺とハルヒはあなたたちのことを忘れたくない! 忘れちゃいけないんだ! だから! 「いいのよ、忘れても。だって、これでもう二度と会えなくなるんだから。ううん、あなたたちは会おうと思う気持ちすらなくなるんだから」 そうじゃない! 俺とハルヒはさくらさんたちの生きる世界を存亡の危機に立たせたんだ! その罪は背負って行かなくちゃいけない! それに! それに! 「お願いさくらさん! さくらさんたちのことをあたしたちの記憶から消さないで! せっかく出会えた異世界人の記憶を消したくない! それに……あたしはまだ……蒼葉さんに謝っていない!」 ハルヒも俺と同じで悲痛の叫びをあげている。 そうだ。俺たちは絶対にあの日の記憶をなくすわけにはいかないんだ! 「それもひっくるめて、よ。何を謝るのか知らないけど、あたしも蒼葉もあなたたちを恨んでなんかいない。感謝の意しか持っていないわ。だから気にする必要はないの。ついでに今のあなたたちの嘆き悲しむ記憶も消え失せるから問題ないわ」 アクリルさんがとびっきりの笑顔を向けてくる。 「もっとも正確には記憶を消す、じゃなくて、巻き戻す、だけどね。蒼葉とあなたたちが出会ったあの日まで。そして、今日までのことは、その日から、あたしたちと出会わなかった過程の記憶が書き込まれる。だから、もう、あたしたちのことは思い出さない」 それでもだ! あなたたちのことを忘れるくらいなら俺は今のままで構わない! 召喚術の後遺症も受け入れる! だから! 「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」 「え……!」 アクリルさんの瞳には怒気が孕んでいた。 「いい、キョンくん。あたしたちのことを忘れることよりも召喚術の後遺症の方がはるかに大きな問題なのよ。前にも言ったけど、あなたはハルヒさんの下す命令には決して逆らえない。その意味が解らない?」 別に今までと変わる訳じゃない。俺はハルヒに巻き込まれ型の人間だ。今はそれで構わないとさえ思っている。 「違うわ。このことが分かったからあたしは、ううん。あたしと蒼葉はなんとか、キョンくんの元へと赴こうと決めたんだから」 アクリルさんがゆっくりかぶりを振り、そして俺に睨みつけるような厳しい視線を向けてくる。 もっとも、そこに敵意はない。むしろ、親や教師が俺を心配して、あえてぶつけてくる厳しい視線とそっくりだ。 「召喚術は元来、魔物を呼び出す魔法。魔物であれば頑丈だしある程度の無茶も可能。んで時が経てば、召喚の魔力を魔物が持つ魔力で食いつぶしてしまって召喚術の影響は解ける。でも、魔力を持たない『人』はそうはいかない。魔力同士の犇めき合いが存在しないから死ぬまで解けることがない」 一生、この後遺症を背負うってことですか? 「そういうこと。そしてもう一度言うけど、キョンくんはハルヒさんの下す命令には逆らえない。必ず実行してしまうの。どんな命令であったとしても」 だから、あなたたちのことを忘れてしまうくらいなら、俺は一生、ハルヒの尻に敷かれようが構わないって…… 「――それは、たとえば涼宮さんが冗談でも「死んで」とか言ってしまうと――ということですね――」 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?! 古泉の神妙な一言がアクリルさん以外の俺たち全員を凍り付かせる。 「その通りよ。別にそこまでストレートじゃなくても、身体の限界を超えるようなことを言ってしまうだけで同じ結果を招くわ。だからこそ、あたしは召喚術の後遺症を消さなきゃいけないと考えた。 なんたってキョンくんにはあたしたちの世界を救ってもらった文字通り世界にとっての命の恩人だから。そんな人の命を、あたしたちの所為で危険に晒すなんて恩を仇で返すような真似、できないわよ。 前に言った『時間制限がない訳じゃないけど』というのはそういう意味。今この時でさえ、キョンくんには危険が迫っていないとは言えないということ。住む世界が違うから確認できるわけじゃないけど見て見ない振りをするなんて卑怯な真似をするつもりもない」 俺は絶句するしかできない。 こんな選択が存在するのか? 忘れちゃいけない人たちのことを忘れてしまうか、ふとしたことで命を危険に晒してしまう後遺症を持つか、なんて…… というか、こんな選択を聞いたら誰だって後者を選ぶよな…… 「だめだから! 絶対にだめなんだから! あたしはそんな無茶をキョンに言わない! これからずっと一生! だから!」 ハルヒが泣き叫んでアクリルさんに言い募る。 そうだ! ハルヒが無茶さえ言わなければ問題ないじゃないか! だったら無理に記憶を消す必要はないはずだ! 「無理よ。なぜなら、『無茶を言っている、という意識がないまま言う』場合が必ず存在するから」 ――!! ハルヒがよく言う「三十秒以内」ってのがそれに当たる。それは口癖ってやつだ。だから直せない…… 「理解した? ならもう異議はないわよね。自分の命とあたしたちの記憶。天秤にかければどっちが大切かは火を見るより明らかよ」 違う! あなたの言葉を借りるなら、俺は、あの時、二者択一しかなかったはずなのに、ハルヒもそっちの世界も救う選択ができた! だったら、まだ何か方法があるはずだ! あなたたちのことを忘れず、そして、召喚術の後遺症を消す方法が! 「残念だけど、それを考える時間は存在しないわ。だって、もうこの世界が無くなっちゃうから、あたしたちは自分の世界に強制送還させられる。そして異世界間移動に確実性がないことは説明したわよね? 唯一確率が高い方法だった今回にしたって、あたしや蒼葉は何度もこの世界の平行世界へ行ってしまっている。つまり、次に、あたしが、絶対にあなたたちの元に行けるという確証は存在しないし、あなたたちはまだ異世界間移動を身に付けていない。だから、この機会は絶対に逃すわけにはいかない」 あ……! 「さようなら――今度こそ本当に、ね――」 アクリルさんがこの場に似つかわしくない、あの日、消滅していく朝倉涼子が見せたような無邪気な笑顔を浮かべて、 だめだ! やめてくれアクリルさん! 「メモリーリウィンド」 静かに呟くと同時に、その左手人差し指から柔らかな光が発せられる。 その光は俺たち全員を呑み込み―― 気が付けば、いつも見慣れた自室の天井が見えた―― 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6007.html
涼宮ハルヒの遡及Ⅸ 「どうやらこれで一段落ね、そう言えば、ラスボスってどこにいるの?」 一息ついたアクリルさんがハルヒににこやかに問いかけておられます。 まあ俺もそう思ってるし、長門、古泉、朝比奈さんも当然抱く疑問だろう。 この世界を消滅させ、俺たちが元の世界に戻るためには、世界の鍵となるラスボスを倒すしかない。なら、どこにいるのかくらいは知っておきたいところだ。最終目標があるのとないのとでは気分が随分違うもんな。たとえ、そこまでがどんなに長くても、だ。 ちなみに今の巨竜がこの世界のラスボスでも問題はないと思ったんだが残念ながらそうじゃないことはハルヒ自身が言っていた。 はてさて、次はどんな敵キャラと遭遇しなきゃならんのか。 などと呑気に憂鬱なことを考えていた俺だったのだがどうやら、やっぱり俺の、つうか、俺たちの考えは相当甘かったらしい。 ハルヒに関しては常に最悪を想定して動き、それでもあいつはさらに斜め上に行くと予想しなければいけなかったことを痛感させられたのである。 「あ、ラスボスはこの地上そのものなのよ」 ハルヒの何かふと思い出したような声が聞こえてきたと思ったら、一瞬、この空間が協調反転して凍りついたと感じたのはおそらく気のせいではないだろう。 ……今、ハルヒの奴、何つった? 「あの……もう一回言ってくれる……? 何がラスボスだって……?」 アクリルさんが表情には如実に『冗談だよね?』と書いてある引きつった苦笑を満面に浮かべて再度確認を求めている。 ああ、はっきり言って俺も思ったさ。聞き違いであってほしいってな。 「ええっと……その……この地上がラスボスと……」 どうやら聞き間違いではなかったらしい。 ハルヒが珍しくバツが悪そうに答えてやがるからな。その態度が余計に真実味を増すってもんだ。 って、この地上がラスボスだと!? 「だ、だってその方が面白いじゃない! 悪役とか敵ってのを世界が生み出すんだから、なら、『世界そのもの』を破壊する展開が本当の正義を守ることになるじゃない! 斬新な発想ってやつよ!」 「にしたって斬新過ぎだ! 敵を生み出すかもしれんが主人公や味方を生み出すのも『世界』なんだ! なのに『世界を崩壊させる』ことを解決にしてしまったら、主人公側の勝利の後に何にも残らんじゃないか!」 「む……それは確かに……」 今、気づいたんか!? 「とにかく、今はそんなこと言ってられないわ。この『世界』が敵だって言うのであればこの地に留まるわけにはいかないわよ!」 言って、アクリルさんが俺とハルヒの手を取り、古泉は朝比奈さんの手を取った。 「レビテーション!」 「むん!」 アクリルさんが術を開放し、古泉が表情に力を込める! アクリルさんと俺とハルヒは浮き上がり、古泉が生み出した赤い球体が朝比奈さんをも包み込み、外側に電流をスパークさせながら宙へと上昇! 長門は、 「わたしの体内に反重力物質を生成。調整することによって空中浮揚可能」 もちろん自力で飛んでいる。そう言えば今、初めて長門が飛んでいる理屈を聞いたな。 「さっすが宇宙人! 重力コントロールもお手の物って訳ね!」 おーいハルヒ? そんな呑気なこと言ってる場合じゃないぞ。この世界はどうやったら崩壊させられるんだ? でないと俺たちはいつまで経ってもここから出られないことになるし、出られないってことはその間、ずっと命を狙われ続けるんだが? いくら長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんでも体力と能力に限界が来ちまうぞ。 そう。なんたって、俺たちが宙に浮いた瞬間から、いきなり地面が崩れ、眼下には俺たちを呑みこまんばかりに荒れ狂う『海』が見えているのである。 しかも、いつの間にか周囲すべてがだ。地平線の彼方までずっと荒波が続いている。 ついでに空には雷雲がたちこめ、雷雨と暴風雨も俺たちを激しく責め立ててやがる。 もっとも、俺とハルヒはアクリルさんの結界術の中にいるし、古泉と朝比奈さんは古泉の赤いエネルギー球によって嵐から身を守っている。長門は勿論、自身で作りだしたシールドを展開済みだ。 それでもお互いの声が聞こえるのはアクリルさんが何かしたのだろうか。と想像するのは考え過ぎか? 「さて、どうしましょうか?」 という古泉の、珍しく笑みが消えた真剣な声が俺の耳に届いているもんな。 「……いつもの閉鎖空間であれば《神人》を倒すことによって『世界の崩壊』を導くことができるでしょうけど、残念ながら今回は閉鎖空間ではなく局地的非侵食性融合異時空間。《神人》が存在しない以上、正直、僕には打つ手なしです」 確かにな。ならお前はとりあえず朝比奈さんを守っていろ。 「了解しました」 俺もまた神妙に返し、古泉は少しだけ笑顔を取り戻して首肯する。 「悪いけど、あたしにも世界を崩壊させる魔法なんてないわよ。むしろ魔法の概念は逆だしね。魔法は世界が持つ『力』を『引き出して』行使する。つまり、『世界』が無ければ魔法は使えない。だから世界を滅ぼす魔法は存在しないってわけ。例外は自分の魔力で創り出す精神魔法、あたしたちの言葉でアストラルマジック。でもこれは精神に作用するものであって物理的攻撃手段にならない」 ううむ……となると……ハルヒがこの世界の消滅を望むしか…… ――残念だけどそれも無理―― って、アクリルさん!? いきなりテレパシーって!? ――今はそんな些細なことはどうでもいいの。で、ハルヒさんが望んでも無理な理由は、この空間が世界としてとまでは言わないけど、エアーポケットワールドとしてもう定着しちゃったからなのよ。エアーポケットだから、これ以上広がることはないけど、ある意味、ここは『異世界』。つまり、世界が違う以上、ハルヒさんの願望現実化の能力下からは外れてしまっている―― ちょっと待ってください。今の説明からすれば、ハルヒが来た時点で古泉の力も朝比奈さんの力も無くなるんじゃないですか? ――ううん。それは話は別。だってハルヒさんが望んだのは元の世界にいたときだし、しかもコイズミさんとアサヒナさんに力を持たせたまま、こちらに転送したから。むしろ心配なのはナガトさん。彼女が貴方の言った通りの存在なら、ジョホートーゴーシネンタイとかいうエネルギー供給源が今、断絶された状態になっているはず。だって、この世界は元の世界からは切り離された存在。世界を越えてまでエネルギー供給が可能だとは思わない。それが可能ならナガトさんがとっくにあたしたちを脱出させているはずよ。その供給源を伝ってね―― なんだって!? アクリルさんの説明を聞いて、俺は弾かれたように長門に視線を向けた。 「長門! お前は……!」 「大丈夫。もしものときは古泉一樹に協力を乞う。それとわたし個体のエネルギーが切れたとしても、『悪の魔法使い』としての力は内臓されたまま。攻撃手段がなくなるわけではない」 そうか。こういうときはハルヒの無茶な思いつきに感謝してしまうな。 「てことでハルヒ。お前はどうやってこのお話のラストを飾るつもりなんだ?」 俺も含めて、長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんのみんなが何もできないとなると、残るはこの物語を創り出したハルヒに委ねるしかない。まさか、主人公格が全滅してBAD ENDなんてことは考えないと思うんだが…… 「……まだ考えてない」 うぉい! 「だってしょうがないじゃない! あたしがこの世界に引きずり込まれた時は、まだプロットが途中だったんだから!」 あ。 「なるほどね」 アクリルさんが自嘲のため息をついていらっしゃいます。 「世界の設定、登場キャラクターの設定は決まってるから『世界』としては成り立つけど、ストーリーがまだ最後まで行ってなかったのね。でもまあ、ハルヒさんが居てくれてよかったわ。でないと、この世界の『ラスボス』が何かはずっと分からなかっただろうし」 まあ確かにその通りなんだが…… …… …… …… やっぱアクリルさんはすげえ場馴れしているな。ここまで冷静に状況を分析するなんざ俺たちには無理だ。 それができるとしたら長門だけではなかろうか。 「方法がないこともない」 って、長門! いつの間に!? 「sleeping beurty」 ――!! なるほどな……確かにあの日のあの世界もハルヒが創り出したとはいえ、ある意味、独立した世界だった。今の状況は酷似していると言ってもいいかもしれん…… 俺はハルヒをちらりと見る。 「ん? 何?」 ハルヒがきょとんとしている。 どうする? 今の長門の提言を素直にハルヒに伝えるか? ハルヒはもう、あの日のことが夢でなかったことを知っているんだ。なら、事情を話せば同意してくれると思うんだが…… 「ねえハルヒさん」 って、俺が話しかける前にアクリルさんがハルヒの声をかけてるし。 「この物語のラストをまだ決めていないことは分かったわ。でも『世界』をラスボスにするなら当然、主人公格の方に何か『世界を倒せる』力を付けたわよね? じゃないと物語は終わらないし。それを教えてくれない?」 そうか。確かにそう言う力は真っ先に決めてあることだろう。でないと話が作れない。通常、物語を作る際には出だしとクライマックスを先に決めておいて、その上でその展開やそこまでの過程、エンディングを決めるものだ。いくらハルヒが行き当たりばったりと言ってもそれを考えていないとは思えない。作成過程で色々な話が付け加えられることは多々あるだろうが大筋が変わることはあり得ないだろう。でなけりゃあの去年の文化祭の自主制作映画も完成しなかったことになるからな。 「……ある」 「は?」「へ?」 ところが、なんと答えたのはハルヒではなく長門である。というか何で長門が気づくんだ? 「以前、ミクルの設定資料を見たことを思い出した。あれにミクルミサイルというものがあり、それは我々は名前を付けていない地球外物質を用いた兵器で、朝比奈みくるの胸部の質量分を爆薬として使用した場合、地表を七回焼き尽くすことが可能な熱量を発生させられるものであった」 「ふ、ふえ!?」 「そう言えばそんなことを仰ってましたね」 朝比奈さんが悲鳴をあげ、古泉が苦笑している。 ……てことは、今の朝比奈さんはそんな物騒な物質を内蔵してるってことか? まあ……目からレーザーを出せるんだ……充分、物騒なものを内蔵されてても不思議はないかもしれんが…… 「ちょっと有希。前も言ったけど、あんなあたしの思いつきの設定を真面目に語らないでよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」 その割には、否定しないんだな? 兵器の威力については。 「そりゃ、そっちの方が面白いじゃない。それに、ミクルビームだけじゃなくてミクルタイフーンもミクルミサイルも映画では使う機会がなかっただけで、別に外したわけじゃないわ」 ……よし 「どうやらこれで何とかなりそうよ」 「同感」 「そのようですね」 お? アクリルさん、長門、古泉も俺と同じ意見か? 「え? え? それはどういう意味ですか……?」 「ちょっとキョン、まさか有希の設定をまともに信じたんじゃないでしょうね?」 どうやら朝比奈さんとハルヒだけが解っていないらしい。 「ただし問題がある」 切り出してきたのは長門だ。 「……発射までのエネルギーチャージにかかる時間のことね……」 「そう。ミクルビームは連射できない。それはチャージのための時間が必要と言うこと。そしてミクルミサイルはミクルビームよりも強大な力。故にチャージにかかる時間も少なからず小さくない」 「どれくらい?」 「時間に直して三十分ほど」 などとアクリルさんと長門が会話を交わしている。まあこういう話になればこの二人の専門分野だ。 ハルヒも古泉も朝比奈さんも黙って聞くしかないだろうぜ。つか、創り出したハルヒが何でその設定を知らんのだろう? まあそれはちっともよくないのだがよしとしよう。 それよりも長門が『問題』と言ったことの方が重要だ。 三十分ならそうは長くないと思うが…… 「なるほど。なら、その間は是が非でもあいつらからアサヒナさんを守らなきゃ、って訳ね」 「そう」 何!? アクリルさんが視線を肩越しに背後に移せばそこには、大きさ的にはさっきの翼竜のだいたい五分の一くらいだが、どこか始祖鳥を連想させるデザインの怪鳥が大群でこちらに向かってくるのである。 涼宮ハルヒの遡及Ⅹ